「あの時、助けに行っていれば」 裕加さん、電話さなか異変 幼なじみ後悔・大阪母娘殺害

「自分があの時、助けに行っていれば」。 大阪府和泉市の集合住宅で社会福祉士村上裕加さん(41)が母親とともに殺害された事件。直前まで裕加さんと電話で話をしていたという男性(41)が当時の状況を振り返り、苦しい胸の内を明かした。 裕加さんとは保育園からの幼なじみ。中学卒業後は会う機会が減ったが、今年2月に経営する飲食店に裕加さんが訪れ、数年ぶりに再会した。以後、たびたび店に足を運んでもらい、近況を話し合うようになった。 事件が起きた4月8日も、午前3時すぎから電話越しに他愛のない会話を楽しんでいた。40分ほどたった頃だ。「バン」と大きな音がして、電話が途切れた。「何があったんや? 大丈夫か?」。LINEでメッセージを送っても既読にはならなかった。 不安は的中した。その日のうちに「和泉市で母娘死亡」のニュースを見た。すぐに裕加さんの自宅へ向かい、警察にも直前の異変など事情を説明した。裕加さんと母和子さん(76)はいずれも上半身を中心に10カ所以上刺されていた。「あの時すぐ助けに行っていれば、間に合ったんじゃないか」。悔恨の念は今も消えない。 男性によると、裕加さんは、今月1日に殺人容疑で逮捕された無職杉平輝幸容疑者(51)と8年ほど交際していた。相手の生活費や携帯電話料金を負担し、約150万円を貸していたといい、「ささいなことで激しく怒ったり、物をたたいたりする」と話していた。 「優しすぎるほど優しい」性格という裕加さんだが、3月下旬、男性の後押しもあり、それまでためらっていた別れを杉平容疑者に告げ、借用書を渡して返済を求めた。「すんなり別れられた」と話す一方、「次会ったら刺される」とも口にしていた。交際解消後は、男性らと花見をするなどして過ごしていたが、突然の凶刃で命を落とした。 男性は「杉平容疑者から解放され、これからたくさん楽しいことが待っているはずだった。絶対に許せない」と憤った。

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