<フィリピン逃亡30年>「捕まると思ったことない」強盗事件被告、30年間の逃亡独白

30年前に東京・蒲田であった強盗事件に関与したとして、強盗傷害罪で起訴された相原久仁雄被告(62)の裁判員裁判が6月、東京地裁で始まる。相原被告は2025年10月、逃亡先のフィリピンで拘束されて強制送還された。起訴後に毎日新聞の取材に応じ、事件直後から30年に及んだフィリピンでの「逃亡生活」について「捕まると思ったことは一度もなかった」「フィリピンに一生いると思っていた」と語った。 相原被告は1995年2月10日に東京都大田区のゲーム喫茶に押し入り、経営者の男性をナイフで刺してけがをさせ、現金70万円を奪ったとされる。 事件翌日に成田空港からフィリピンへ渡り、25年6月に当地の入管当局に拘束されるまで、マニラ近郊で潜伏生活を続けていた。 起訴後の12月以降、相原被告は記者との面会や手紙のやり取りに応じ、30年4カ月に及んだ異国での逃避行について詳細を明かした。 逃亡先がフィリピンだった理由については「日本で出会った婚約者がフィリピンに帰っていて、彼女とおなかの中にいた子どもに会うため」だったと説明。当初は日本へ戻って「出頭するつもり」だったが、現地での時間が長くなるにつれて「日本へ帰る気持ちを失った」と振り返った。 現地では、渡航の数カ月後からパサイという街の下町エリアに暮らし、現地警察の汚職にやむなく加担したこともあったという。 フィリピンは長年、日本であった事件の容疑者たちの逃亡先になってきた。一方、近年のフィリピン捜査当局は、国外で逮捕状が出ている人物を「好ましからざる人物」として拘束し、送還する傾向が強まっている。【菅健吾】

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