「たった一つだけ私が知っている事実があります。この事件は冤罪。私は犯人ではありません」 3月6日、名古屋高裁金沢支部の法廷で前川彰司さん(59歳)は起立のうえ淡々と語った。 1986年3月に福井市で15歳女子(中学3年生)が殺害された事件で犯人とされ、懲役7年の刑に服した前川さんの再審初公判がこの日に開かれ、検察側と弁護側の双方による弁論が行なわれた。同支部は昨年10月23日に再審開始を決定。抗告を断念した検察側は今回も「確定判決は妥当」として有罪を主張したが、新たな証拠は何も提出しなかった。再審はこの日で結審し、判決公判は7月18日。無罪判決は確定的と見られる。 事件発生翌年に殺人容疑で逮捕された前川さんは「殺された女子中学生とは会ったこともない」と終始一貫して無実を主張。有力な物証はなく、原審で有罪とされた根拠は、覚醒剤の使用などにより逮捕されていた暴力団関係者など知人6人の証言だけだった。彼らは警察によるさまざまな“取引”“誘導”により「前川が犯人」とする嘘の証言をした。それにより刑事から結婚祝いをもらった男性もおり、昨年出された再審決定文は「供述を取引材料に自らの減刑や保釈などの利益を図ろうとする態度が顕著」と、これを指弾した。 中でも原審で有罪を決定づけたのは、2人の知人の証言だった。当時放送されていたフジテレビ系の音楽番組「夜のヒットスタジオ」で、出演者のアン・ルイスと吉川晃司が卑猥な踊りをしていたのを見た後、血の付いた服を着た前川さんを見たという内容だ。ところが実際にその番組が放送されたのは事件の1週間後だったことが後に判明。これを弁護側が知ったのは有罪判決確定から25年ほど経った頃だったが、警察は一審の途中ですでに気づいており、捜査報告書にもその経緯がしっかり書かれていた。再審請求審で検察は裁判所から開示を求められた捜査報告書を提出。再審開始決定文はこの件に関しても「罪深い不正行為」と断罪したが、それでも検察は今回も「男性が記憶を混同していても不自然ではない」「巧みに誘導しても全員に全く架空の虚偽供述はさせられない」などとした。