【老老介護の限界で夫を手にかけ…】一流介護施設でも油断できない「介護大崩壊」の残酷すぎる裏側

今年はいわゆる「団塊の世代」の全員が75歳以上の後期高齢者となる節目の年だ。 4月25日、ノンフィクションライターの甚野博則氏が『衝撃ルポ 介護大崩壊 お金があっても安心できない!』(宝島社新書)を上梓した。超高齢化社会に突入した日本が置かれている介護現場がいかに危機的状況にあるか、甚野氏本人に聞いた。 ――「介護大崩壊」とは、どのような状況を指しているのでしょうか。 「介護は多くの人が避けて通れない問題です。政府は『国民の共同連帯』――“全員で支える”という目標を掲げていますが、現実には家族の負担が際限なく増えています。人手不足や過疎化、財源不足で必要なサービスが受けられない高齢者も多く、’24年だけで介護事業者が95件も倒産したという報告もあります。 こうした負の連鎖が進むと、施設の利用者は行き場を失い、在宅介護の家族は限界を超える。すでに崩壊していると言っても過言ではないほど深刻な状況といえます。将来、自分や家族の介護に直面したとき何かのヒントになればと、本書では実際の事件や裁判事例を多く取り上げています」 ――老老介護が引き金になった事件など衝撃的なケースが多く紹介されていますね。 「昨年、大阪市の住宅型有料老人ホームで、持病を抱えた高齢の夫の首を絞めた妻が殺人容疑で逮捕される事件が起きました。妻が『これ以上、夫を苦しませたくない』と悩んだ末の犯行でしたが、これは特殊な例だと言えるでしょうか? 老老介護は本当に深刻で、常に共倒れのリスクをはらんでいます。一昨年には北海道でも認知症の妻を94歳の夫が殺害した事件がありましたし、東京でも70代の娘が102歳の母親を手にかけた事件があった。ニュースにならないまでも、似たような悲劇はあちこちで起きているのです。 これらの痛ましい事件は単に“悲劇”として片づけられない連鎖的な問題が潜んでいます。たとえば施設へ入居していても『実質的な介護は家族任せ』というシステムの限界だったり、入居先が見つからずやむを得ず在宅介護を続ける家族の孤立など、さまざまな背景があるのです」 ◆「閉鎖空間」ゆえの問題 ――介護を巡るトラブルで実際に裁判にまで発展した事例も本書には登場します。 「本書で紹介した裁判事例の多くは、家族が施設側の対応に不信を抱いたことが発端になっています。たとえば、特養(特別養護老人ホーム)にショートステイで入所した高齢者が、夜中に転倒して骨折。その後、肺炎を併発して亡くなったケースがありました。家族は『転落防止策が不十分だったのではないか』『すぐに救急対応すべきだったのではないか』と訴えましたが、施設側は『一定の対策は講じた』と反論。裁判所は施設の責任を一部認め、和解金の支払いで命令を出しています。 別の事例では、母親が偽膜性腸炎になった可能性があるのに、排せつ物の処理がずさんで感染対策が不十分だった疑いを家族が追及しました。施設側は『そうした事実はない』と突っぱねたのですが、家族が訴訟に踏み切った結果、こちらも裁判所が施設側の責任を認め、和解に至っています。高齢者がコロナにかかって亡くなった際の医療連携の遅れや、見回り体制の不備をめぐって争われた裁判などもありました」 ーー事故を起こさずに済む手立てなどはなかったのでしょうか。 「介護の現場で日々、何が起きているかが家族には見えにくいということをこれらの事例が教えてくれます。介護施設は“閉ざされた世界”とも言えるのです。虐待やトラブルが起きれば、本来なら外に助けを求めたい。しかし、要介護者や家族の体力・気力がもたず、泣き寝入りするケースが多いのです。裁判まで発展するのはレアケースだと思います」 ――「介護とカネ」を巡る問題も後を絶ちません。 「介護保険は約11兆円が動く巨大な市場。不正に報酬を得ようとする事業者も出てきます。規制が追いついていないため、身元保証サービスや財産管理を悪用し、高齢者の遺産を勝手に引き出す業者までいます」 ◆介護職の人手不足が顕著に ――介護保険制度自体の崩壊リスクも指摘されていますが、どのような点が問題でしょうか。 「一番大きいのは財源と人材の不足です。厚労省の推計では、’40年には介護職員が約57万人足りなくなるといわれます。処遇改善策は進められていますが、介護報酬の引き下げや重労働が原因で若い人が定着しづらい。地域格差も広がっており、要介護度が軽い人はサービス給付を減らされ、家族に自助努力を求める方向にシフトしている。『介護の社会化』と逆行しています」 ――ここまで深刻な問題が山積みだと、気持ちが重くなりますね。 「本書を読むと、本当に悲惨で暗い側面ばかりが目につくかもしれません。しかし、こうした実態を知ることこそが、私たちが『どういう介護や社会を望むのか』を真剣に考える出発点になるはずです。 本書では、人手不足の現場で実際に働く介護士さんたちの声を取り上げていますが、『利用者さんを支えたい』という熱意を持って仕事を続ける介護職の方も大勢います。一方で、夜勤が連続して休みがとれない職員や、経営者が不正に手を染めていることに気づいた職員など、裏切られたという思いを味わっている人も多い。本書は介護のあらゆる面を包み隠さず描くことで、単なる批判に終わらないように配慮しました。 現場で奮闘する方々がいるからこそ、今の制度がギリギリで維持されている。一人ひとりが、どう改革すべきかを考える材料にしてもらいたいと思っています」 取材・文:甚野博則

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