軍事転用可能な機器を無許可輸出したとして逮捕・起訴され、後に起訴が取り消された大川原化工機の社長らが起こした訴訟で、警視庁公安部と東京地検の捜査を違法とした28日の東京高裁判決の要旨は次の通り。 【前提事実など】 2013年10月施行の経済産業省令で、噴霧乾燥機が輸出の規制対象とされた。規制要件は「定置した状態で内部の滅菌または殺菌をすることができるもの」と定められた。 公安部はこの要件について、殺菌とは「物理的手法や科学物質の使用により装置中の潜在的な微生物の伝染能力を破壊できるもの」などとし、噴霧乾燥機については、内部を温めることで省令で規定された細菌のうち1種類でも死滅させることができれば「殺菌」にあたるとの解釈を採った。公安部はこの解釈を前提とし、同社の噴霧乾燥機は付属のヒーターで内部を高温にできるとの実験結果などから、規制対象にあたると結論づけた。 【警視庁の噴霧乾燥機に関する捜査】 社長ら3人の逮捕前の18年12月~19年1月ごろ、同社の従業員らは取り調べで、機器には熱風が通らない部分があり、温度が上がらない箇所があると指摘した。取り調べ状況は公安部内で情報共有されており、温度の上がらない箇所については、再度の温度測定実験などを行う必要性があった。公安部が追加捜査をしていれば、規制要件に該当しないことを明らかにする証拠を得られた。 【省令解釈の妥当性】 省令改正の趣旨は、生物化学兵器の拡散防止を目的とする国際的な枠組み「オーストラリア・グループ(AG)」で新たに国際的な規制となった噴霧乾燥機を輸出規制の対象として追加することにあり、要件についてはAG合意で定められた内容に従って解釈するのが合理的だ。そうすると「殺菌」とは、物理的な方法により微生物の感染能力を破壊することは含まないと解するのが相当で、対象の微生物を1種類の細菌に限ることもAG合意の趣旨にそぐわない。 公安部の強制捜査前に行われた経産省との打ち合わせで、経産省の担当者は当初、公安部の解釈に一貫して否定的だった。理由として、殺菌について国内法令上、明確な定義がないことや日本だけがAGに参加している他国に比して厳しい規制をする解釈を採る合理的理由が見当たらないことなどが指摘されていた。公安部の解釈を前提に逮捕したことの合理性は肯定できない。 【逮捕の違法性】 公安部は、追加捜査を実施せず、要件について合理性を欠く解釈を採った。公安部が採用した解釈は相当ではなかった。経産省から問題点の指摘を受けながら解釈の合理性について再考することなく逮捕に踏み切った点で、犯罪の嫌疑の成立に関する判断に基本的な問題があった。捜査期間は長期に及んでおり、捜査方針を再考する機会は十分にあった。逮捕は、合理的根拠が欠如していることが明らかで、国家賠償法上、違法だ。 【警視庁の取り調べの違法性】 公安部の警察官は、同社元役員に「殺菌」の解釈をあえて誤解させた上で、機器に「殺菌」性能があることを認める趣旨の供述調書に署名するよう仕向けた。このような取り調べは、犯罪成否のポイントとなる要件の解釈について偽計的な説明をした結果、犯罪の故意を否認する趣旨を述べていた元役員の供述について、重要な弁解を調書に記載せず、かえって犯罪事実を認めるかのような供述内容に誘導した。社会通念上相当と認められる方法や態様を明らかに逸脱しており、国賠法上、違法だ。 【東京地検の起訴の違法性】 検察官は起訴前の時点で、機器に温度が上がりにくい箇所があるとする供述の報告を受けていた。従業員らの指摘は、有罪立証をするためには検証することが当然に必要な捜査だった。公安部の省令解釈を前提に起訴するかどうかは、慎重に判断するべきだった。検察官が、通常要求される捜査をすれば、規制対象に当たらないことの証拠を得られた。検察官の判断は合理的な根拠を欠き、国賠法上、違法だ。