「反賊(ファンゼイ)」とは、中国共産党の独裁統治に反対する民主派や反体制派のSNS上での自称。一方、「小粉紅(シアオフェンホン)」は愛国主義者で、反賊とは逆の存在である。最近、この「水」と「火」のように相いれない2つの集団がどちらも、ハーバード大学の中国人女子留学生である蒋雨融(チアン・ユィロン)のスピーチにブチ切れている。 蒋は青島出身。今年の卒業式で、学生代表として「われわれの共通の人間性」と題してスピーチ。「敵も人間」と強調し、共通する人間性や人類運命共同体の理念を訴えた。 彼女の主張は正しい。数十年前なら絶賛されただろう。しかし、今は社会状況やネットの空気がガラッと変わって、この手の主張は受け入れられにくくなっている。 特に「反賊」側は、天安門事件や人権弾圧で深い傷を受けている。「敵も人間」とすれば、天安門事件で銃殺された若い学生、言論を理由に逮捕されたり、死に追いやられたりした人権弁護士や市民、「鉄鏈女(首に鎖を付けられた女性)」のように商品として売買された人々への裏切りではないか。また彼女が通ったハーバード大学ケネディスクールは、中国政府の多くの高官やその子供が卒業生だ。中国共産党の「海外党校」の卒業生の主張など、嘘に嘘を重ねた嘘ばかり……というわけだ。 ■特権エリートの傲慢でしかない 一方、蒋は高校からイギリスに留学し、父は中国の有名な環境系ファンドの執行主任を務めている。そのため、蒋がファンドの理事長の推薦を受けてハーバード大学に入学したという情報がネットに流出した時、小粉紅たちの特権階級や不平等への不満が爆発した。一般家庭の子供がどれだけ努力しても運命は変わらず、良い大学に入っても就職の不安や住宅ローンに苦しんでいる。それなのに、蒋は自国社会の不平等を全く無視して、ハーバード大学の壇上で「世界に生理用品を買えない女性が1人でもいれば、それは私の貧困。嫌がらせを恐れて退学する少女がいれば、それは私の尊厳の侵害」と言ってのけた。これは特権エリートの傲慢でしかない。 若きエリートである蒋は罪を犯したわけではない。図らずも、彼女のスピーチは「中国人の不幸共同体」を全世界に向けて紹介することになったが。 ■ポイント <人類運命共同体> 自国と他国の利益に配慮し、共同発展を目指す中国政府の価値観。近年、習近平(シー・チンピン)国家主席が提唱。第2次大戦後の世界秩序への挑戦とも批判されている。 <鉄鏈女> 2022年に江蘇省の農村で小屋に鎖でつながれた女性の動画がSNSで拡散。女性は誘拐された後、繰り返し人身売買の被害に遭い、8人の子供を出産。精神障害を負っていた。