都議選千代田区選挙区を制した「ユーチューバー」佐藤沙織里とは何者か?

東京都議選が終わった。自民党は過去最低となる21議席(追加公認3人を含む)に沈む大敗を喫し、都民ファーストが31議席を維持して都議会第1党の座を奪還した。【北島 純(社会構想⼤学院⼤学教授)】 といっても両党は、公明党(19議席)とあわせて小池百合子知事を支持する「知事与党」を構成しており、知事与党全体として議会過半数(64議席)を押さえている状況に変わりはない。小池知事の権力基盤が実質的に強化されたに等しい結果を見ると、都議選の真の勝者は、都庁プロジェクションマッピングの高額批判を歯牙にもかけず、水道基本料金4カ月無償化といった物価高対策を矢継ぎ早に打ち出して都民の心をつかんでいた小池知事本人ということになるのかもしれない。 自民や公明が失った議席に食い込んできたのが新興勢力だ。国民民主は、参院選候補者擁立等におけるトラブルが支持率急落を招いていたが、ゼロから9議席を獲得。参政党は太田・世田谷・練馬の3区で議席を獲得した。両者ともにSNS選挙戦略に長けていることが共通点である。 その点で注目されるのは千代田区の選挙結果だ。 千代田区(定数1)では、無所属の佐藤沙織里(さとうさおり)候補が現職の平慶翔氏(都民ファースト)を246票差で破り当選を果たした。自民党新人の林則行・元区議は1098票及ばず、かつて都議会のドンと呼ばれた故内田茂・都議会議長の女婿内田直之・元区議も5465票差をつけられた。知事の威光も組織票も閨閥(けいばつ)も跳ね返した佐藤沙織里氏とは何者か。 ■極貧育ちで高卒叩き上げの公認会計士 極貧育ちで高卒叩き上げの公認会計士。茨城出身。元NHK党。様々な経歴が語られる佐藤氏だが、最も本質を突いているのは「ユーチューバー」と言う言葉だろう。37.9万人の登録者数を誇るYouTubeの公式チャンネルでは、公認会計士の知見を活かした金融所得課税や新NISAの解説から、兵庫県知事やトランプ大統領といった時事問題まで、硬軟取り混ぜた話題を歯切れよく切っていく動画がてんこ盛りだ。税金や補助金の「闇を暴露」するといった動画界隈でお約束のコンテンツも忘れていない。 他方で、佐藤沙織里氏はこれまで千代田区を地盤にした選挙に出続けている。2023年4月の千代田区議選に33歳でNHK党から初出馬した際は291.3票に終わった。しかし2024年10月の衆院選では東京1区(千代田・新宿区)から無所属で出馬、「小さな予算で豊かな国を」「やるぞ日本」というスローガンを掲げて1万2255票を獲得(4位)。2025年2月の千代田区長選では「千代田を減税特区に」と訴えて6474票で次点につけた。こうした地道な政治活動が、地元での認知度を徐々にではあるが高めてきた。その勢いの延長線上に今回の都議選がある。 千代田区長選ではYouTube上の人気番組ReHacQで生配信された候補者討論会に出演し注目を集める等、リアルでのイベント(選挙)をソーシャルメディアにおける露出とリンクさせ、その相乗効果で佐藤氏を応援する柔らかなファンダムが形成されていくという勢いも存在した。全国のファン層は主にビジネスで使われるチャットアプリのSlackを使って連携を取り、選挙活動を支援。今回の都議選でも大量の動画が撮影・編集・配信されシェアされた。 そうした勢い(モメンタム)に乗った上で、「日本が中国の6つ目の星になってほしくないし、アメリカの51番目の星にもなってほしくない」という「ナショナリズム」を今回の都議選では正面から出してきた。これは、かねてからの佐藤氏の持論である「減税」と並んで、2025年現在のSNSで最もウケが良い鉄板の主張だ。つまり現代のSNS選挙戦略上、必要とされている大抵の要素が佐藤沙織里氏にはあったと言って良い。 ■ユーチューバーが組織に勝った理由 とはいえ、これだけでは佐藤氏がなぜ知事の威光も組織票も閨閥も跳ね返す勝利を掴めたのか、十分な説明になるとは言い難いようにも思える。千代田区と言えば、自民党と都民ファーストの牙城だ。その千代田区で、組織も準備期間もないに等しかった1人のユーチューバーが勝利したのはなぜか。 おそらく背景には、千代田区固有の事情がある。2024年1月に一般競争入札における価格情報等を漏洩したとして、区議会の実力者と区の担当部長が逮捕された。区立お茶の水小学校・幼稚園の改築工事をめぐる官製談合防止法違反事件だ。千代田区は首都東京の中心であると同時に、意外なほどに人情に厚い下町気質が残る土地でもある。政治の腐敗、既得権益層の堕落に嫌気がさしていた層が今回は清新な若手候補に票を投ずる――。これは2024年4月の衆院東京15区補選でも見られたのと同じ構図だろう 15区補選では立憲民主党の酒井菜摘氏が当選したが、共産党は共闘にまわり候補者を立てなかった。今回の都議選千代田区では共産党のベテラン元区議・木村正明氏が出馬し(2093票)、立民は候補を立てなかった。批判票の受け皿となる「清新な若手候補」はおのずと佐藤沙織里氏に絞られていた。 今回の都議選での佐藤氏勝利は、そうした政治刷新を求める客観的土壌の上に、2024年6月の都知事選における石丸伸二陣営や2024年11月の兵庫県知事選での斎藤元彦陣営で「開花」した「SNS選挙戦略」と、佐藤氏自身とそのファン層が作り出してきた「モメンタム」が奇跡的に絡み合って結実したのだろう。

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