滋賀県東近江市の湖東記念病院で22年前、高齢患者が死亡した事件(呼吸器事件)の国家賠償訴訟判決が大津地裁で出された。判決は県に約3100万円の支払いを命じる一方、国への請求を棄却した。この事件の刑事裁判では、殺人罪で逮捕起訴されて約13年服役した西山美香さん(45歳)の無罪が5年前の第二次再審で確定している。 一連の裁判で大きな争点の一つは、なぜ美香さんが取調べ刑事に好意を抱いたのか? だった。 先日のNHK番組「新プロジェクトX」でも取り上げられた通り、美香さんには発達障害・軽度知的障害がある。供述弱者として取調べ担当刑事に誘導され、うその自白を重ねていったのだが、美香さんの獄中鑑定をした私が、本人の了解の下、これまで公になっていない内容も含め2回にわたって赤裸々に描く。 ◾️「ひとりだけ皆と反対方向に走った」少女時代 美香さんは1979(昭和54)年12月26日、滋賀県・南彦根に西山輝男、令子さんの第三子長女として生まれた。予定日は大晦日だった。6歳と4歳上に兄がいる。二人とも勉学は優秀で、国立大理系の大学院を出て上場企業で働いている。 幼少時から明るくおてんばな一方で、人と関わるのに苦痛を感じていた美香さん。幼稚園の運動会で「駆けっこ」のとき、ひとりだけ皆と反対方向に走って話題になった。小学校低学年の時は兄が守ってくれたが、高学年になるとひとりで通学。勉強が苦手で、友達の話題についていけない美香さんは他人に話を合わせるようになる。時には、相手が喜ぶ顔を見たくて突飛な嘘をついたりするようになった。クラスメイトの前で水槽のメダカをつかんで飲み込んだこともあった。 じっとしているのが苦手で、記念写真の時など、つい物音でよそ見をしてしまう。忘れ物が多く、片付けが苦手。思いつくと、相手がしゃべっていても、かまわず話に割り込む。待てないのだ。中学では、暴れることもあり、特別支援学級の子をいじめたこともあった。 私が中日新聞の記者を辞め医者になって四半世紀、心療内科を開業して数年が経った2017(平成29)年2月、元同期の秦融編集委員(当時)から電話が入った。外来中だったので、患者に謝って席を外してもらい、携帯を耳に当てた。 「滋賀の看護助手が70代の入院男性の人工呼吸器の管を抜いて逮捕された殺人事件、覚えてる?」 「ああ、なんとなく」 「本人が、私はやってませんて手紙を両親に三百数十通も出してるんだ。それが、どうも迫真的で、冤罪っぽい。ただ、彼女には発達障害の気があるという情報があってさ。お前、精神科医なら、だれか専門の医者知らないか?」 「なに言ってんだい。おれは毎日のようにそういう患者さんと向き合ってるよ」 こうして、呼吸器事件に関わることになったのだが、秦編集委員は一つの難問を投げかけてきた。