大川原冤罪、日本外交を毀損◇「法の支配」軽視

歴代内閣の外交の基本方針の一つは、普遍的価値を共有する国との関係強化。普遍的価値とは、民主主義の前提である「基本的人権の尊重」や「法の支配」などを指す。中国、韓国への輸出に関する大川原化工機をめぐる冤罪は、「法の支配」から逸脱した重大な人権侵害事案。その意味で、日本外交を毀損したとも言える。(時事通信解説委員長・高橋正光) ◇普遍的価値、共有国と協力 いわゆる「価値観外交」は、力を背景に海洋進出を強める中国を意識。価値観を共有するアジア、太平洋の国々との関係を強化することで、中国に「大国に相応しい」自制的な行動を取るよう促し、アジア、太平洋をより開かれた地域とし、各国の発展につなげようとする考え方だ。安倍晋三首相が唱え、菅義偉、岸田文雄、石破茂の各内閣でも引き継がれている。 今回の事案は、同社が噴霧乾燥機を経産相の許可を得ずに中国、韓国に輸出。これが外国為替・外国貿易法(外為法)違反に当たるとして、警視庁公安部外事一課が同社社長ら3人を逮捕・起訴し、後に取り消されたというものだ。社長や拘留中に死去した元顧問の遺族らは国家賠償請求訴訟を起こし、逮捕や起訴の違法性を認め、国と都に計約1億6600万円の支払いを命じた判決が今年6月に確定した。 国賠訴訟で争点となったのは、主に①噴霧器が規制対象に該当するとした公安部の法令解釈(捜査機関解釈)について、外為法を所管する経産省から当初、疑問を指摘されながら、協議を通じて同省が解釈を容認したのを受け、同法違反と判断した②機能面で規制対象に当たらない可能性が同社社員から指摘されながら、確認の追加実験を行わなかった-ことの妥当性だ。 ◇公安部、基本欠く捜査 確定判決は、①について「事後的に行政機関により拡張的解釈が明らかにされたからといって、逮捕の合理性を肯定できない」と指摘。②に関しても「追加捜査を行う必要性」を認めた。 その上で、逮捕について「犯罪の嫌疑の成立に係る判断に基本的に問題があった」「合理的根拠が客観的に欠如しているのは明らか」と強調、違法とした。 警視庁が7日に公表した検証報告書では、公安部が独自の解釈に基づいて立件に向けて捜査を進めたことについて「適否について慎重に検討すべきだった」と指摘。追加の実験を見送ったことに関しても「捜査の基本を欠くもの」とした。そして、「逮捕権運用に関する基本的な考え方に則っていなかった」と非を認めた。 確定判決ではこのほか、犯罪成立のポイントとなる解釈に関し、捜査主任が逮捕された取締役に対し、「偽計的な説明」をして犯罪事実を認めるかのように供述を誘導。明確な理由を示して否認していたにもかかわらず、調書に記載しなかったことと合わせて、取り調べでの「違法」も認定している。 これについても、報告書は「不適切な手続きを行ったことにより、違法とされる結果となった」と、判決での指摘を受け入れた。 判決や報告書では、外事1課の担当者が、犯罪成立に不可欠な法令解釈について、所管官庁の疑義を受け入れずに、自身の解釈に固執。機能面で規制対象に該当しない可能性を指摘されても、追加の実験、捜査を怠った上、逮捕された取締役が根拠を示して容疑を否認しているにもかかわらず、「偽計的」に供述を誘導し、あたかも犯罪事実を認めたかのような調書まで作成していたことが詳細に記されている。 これら一連の手続きを見れば、最初から立件ありきで、全ての権力に対する法の優越を認める「法の支配」を軽視。違法な逮捕・拘留により、憲法が保障した「基本的人権」を侵害したのは明らかだ。公安部の上層部のチェックが働かなかった点で、組織として冤罪を生んだとも言えよう。 ◇イメージダウン必至 いかなる理由であれ、冤罪はあってはならない。ただ、刑事事件の場合、多くは日本国内で完結する。しかし、今回は、隣国への輸出に関するものだ。アジア、太平洋の各国の人々が、今回の冤罪事案を知れば、「日本で『法の支配』は担保されているのか?」「基本的人権は尊重されているのか?」と思うかもしれない。民主国家としての日本のイメージは傷付き、普遍的価値を共有する国との関係強化を呼び掛けても、説得力が低下しかねない。 もちろん、日本を含め各国は、経済安全保障の重要性を認識し、先端技術の流出防止に力を入れている。捜査機関として、違法の可能性がある事案を探知すれば、捜査に着手するのは当然だ。同時に、立件の是非については、法と証拠に基づき、慎重に判断する責任があることは言うまでもない。 検証報告書は最後に「公共の安全と秩序を守る公安警察の原点に立ち返り」、「真に必要な捜査をち密かつ訂正に推進することにより、都民・国民の期待に応えられるよう、緩みの無い努力を重ねていく」と組織の再生と再発防止を誓った。当然ではあるが、同時に、外交上の影響が少なからずあることも、忘れてはならないだろう。

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