韓国での昨年12月の「非常戒厳」に至る過程を描いたドキュメンタリー映画「非常戒厳前夜」の金鎔鎮(キムヨンジン)監督(62)が来日し、9月28日に大阪府内で市民と対話した。「在日同胞が数多く住む大阪で」と金監督たっての希望で、在日コリアン女性のグループが企画。大阪、兵庫、京都の各府県から参加した45人が、映画を通して民主主義について考えた。 映画は、当時の尹錫悦(ユンソンニョル)政権の言論弾圧と記者の闘いを軸に進む。金監督が今年2月まで代表を務めていた調査報道メディア「ニュース打破(タパ)」は、尹氏が検事総長に就く2019年ごろから、選挙への不正介入や妻の金建希(キムゴニ)氏の株価操作疑惑などを追及してきた。 尹氏は22年、大統領に就任した。翌年、ニュース打破が大統領選でうそを報道したとして、検察が事務所や記者らの自宅を捜索。金監督らは、大統領の名誉を毀損(きそん)したとして起訴される。ニュース打破は国会議員らから「極刑に処されるもの」と批判を浴びる。 映画では24年6月、検察に呼び出された金監督が、集まった記者団に「ここに誰が立つべきだと思いますか。金建希氏では」と述べ、権力者を野放しにする当局を批判する場面が映し出される。 その後、尹氏は内乱を首謀したとして逮捕、起訴された。今年8月には株価操作などに関与したとして金建希氏が逮捕、起訴された。 日本での公開は、一連の「権力暴走」の実相が日本で報道されていないのではないかという金監督の危機感からという。金監督は「ジャーナリズムは市民が主権行使できるよう、情報伝達していくことが使命だ」とし、参加者に「メディアを批判的に見てほしい」と呼びかけた。 参加した女性(55)は「これほど長い『前夜』があったとは、知らないことばかりだった。言論弾圧の現場を見せてもらった」と話した。金監督は取材に対し、「民主主義は権力が持ってきてくれるものでもなく、天から降ってくるものでもない。民主主義は市民が守るために努力してこそ維持できる。世界中、そうでしょう」と話した。 会を企画した在日女性の集まり「ミリネ」代表、皇甫康子(ファンボカンヂャ)さん(68)=大阪府池田市=は「粘り強く、受け入れてもらえなくてもやり続ける信念が大事。地道な活動をしながら、次世代が生きやすい社会をつくりたい」と話した。 上映は大阪・十三の第七芸術劇場で始まっているほか、3日から京都・四条烏丸の京都シネマ、4日から神戸・元町の元町映画館、24日から兵庫県豊岡市の豊岡劇場で予定されている。(中塚久美子) ◇ 〈ニュース打破(タパ)〉 2012年から活動する韓国初の非営利調査報道組織。オンラインで発信している。独立性を保つため、企業などからの広告や支援を受けない一方、6万人以上の会員の寄付で運営されている。記者、プロデューサー、データジャーナリストら約50人のスタッフがいる。(中塚久美子)