人質司法とメディア報道のあり方を議論するシンポジウムが3日、東京都内であった。化学機械メーカー「大川原化工機」(横浜市)の冤罪(えんざい)事件で、被告の立場のまま亡くなった元顧問の相嶋静夫さん(享年72)の長男(51)も登壇し、「警察に利用されるマスコミは『警視庁広報部』だと思った」と批判した。 ◇遺族「逮捕報道と同じ分量で反論の報道を」 大川原化工機事件では2020年3月、社長や相嶋さんら3人が警視庁公安部に外為法違反容疑で逮捕された。その際、連行される相嶋さんの姿がテレビに映ったといい、長男は「なぜメディアがその場所にいるのか、(顔を知らない)父となぜ特定できたのか、非常に違和感を持った」と振り返った。 毎日新聞は、捜査に疑問を持った現場の捜査員らが、東京地検の塚部貴子検事や公安部外事1課の幹部らに訴えるなど四つのルートを使い、起訴を阻止するための行動を起こしていたことを報道した。 長男はこの報道に触れ、「塚部検事は『不安になってきた』『大丈夫か』という言葉を発し、起訴までの間、気持ちが揺れていた。大川原化工機側の反論を逮捕報道と同じ分量で報じてくれたら、不安は増長し、起訴に慎重になっていたはずだ」と指摘。「起訴されなければ、父は長期勾留されることなく、病気になっても一般市民と同じような医療を受けられた」と悔やんだ。 ◇「警察が巧妙にマスコミを利用」との声も 東京高裁は5月、大川原化工機側が起こした国家賠償請求訴訟で、警視庁と東京地検の捜査を違法と認定した。長男は6月の記者会見で、メディアに向けて「皆さんは、警察情報を丸のみして報じ、一部メディアは訴訟の間も警視庁の見解を垂れ流していた。検証すべきは、警察、検察だけでなく、裁判所やメディアも含まれる」と訴えていた。 長男はシンポジウムで「新聞社2社(毎日新聞と朝日新聞)から取材を受け、検証記事にしてもらったが、逆に言うと2社だけだった」とし、「今になって思うのが、警察が巧妙にマスコミを利用しているという構図。報道によって、検事にも裁判官にも予断を与えている」と話した。 一方で、「多くの記者と話す中で、励まされたり、勇気づけられたり、私たち遺族の心が安らいだりした側面もたくさんある。それは皆さんにお伝えしたい」と述べた。 ◇ジャーナリスト「逮捕報道主義から脱却を」 シンポジウムでは、登壇した弁護士やジャーナリストもメディア報道のあり方について言及した。 09年の郵便不正事件で、無罪が確定した元厚生労働事務次官の村木厚子さんの弁護を担当した弘中惇一郎弁護士は、逮捕前に連日、村木さんが有罪であるかのような報道がなされたと振り返り、「警察、検察は事件の物語を世の中に浸透させることを重視する。物語を作り上げることにメディアは利用され、大きな役割を果たしている」と指摘した。 ジャーナリストの浜田敬子さんは「事件報道で特ダネを取った記者が、社内的に評価されることを変えなければ、逮捕報道は変わらない」とし、メディアは「逮捕報道主義」から脱却すべきだと訴えた。 シンポジウムは、東京オリンピック・パラリンピックを巡る汚職事件で贈賄罪に問われた出版大手「KADOKAWA」前会長の角川歴彦(つぐひこ)被告(82)が、人質司法を理由に国に損害賠償を求めた訴訟の第4回口頭弁論後に開かれた。【遠藤浩二】