北九州市小倉南区のファストフード店で中学3年の男女2人が殺傷された事件から1年が過ぎた。殺人容疑などで逮捕、起訴されたのは同区長尾2の平原(ひらばる)政徳被告(44)。 中学生が狙われた凄惨(せいさん)な事件は、地域に深い悲しみと痛みをもたらした。事件から1年。あの日を思い返し、二度と起こさないために再起した地域の姿を、住民や専門家の声から探った。 ◇「安心感は地震のように揺らいだ」 中学生が狙われた事件は教育現場にも衝撃が走った。臨床心理士のシャルマ直美さんは、緊急支援で増員されたスクールカウンセラーの一人として、事件翌日から被害に遭った生徒が通っていた学校で心のケアにあたるとともに、学校がいかに日常を取り戻そうとしてきたかを間近に見てきた。 「学校に毎日来るという当然のようにある安心安全感が、(事件で)わーって地震のように揺らいだ」(シャルマさん)。事件が発生した14日夜(土曜)、北九州市教育委員会は児童生徒への対応を協議する対策チームを発足。事件への不安から学校を休んだ生徒児童を欠席扱いとはしないことに決めた。 発生後の初めての登校日となった16日、市立の幼稚園・小中高校などに通う計4168人が休んだ。容疑者が逃走中の5日間は連日1700人以上が登校、登園を見合わせた。 被害に遭った生徒が通っていた中学は、16日を臨時休校。再開までに教員、市教委、臨床心理士などが、どのように生徒たちを迎えるかを話し合った。心の健康を確かめるアンケートを実施した上で教員が全校生徒から話を聞く体制を整え、不安を抱える生徒をスクールカウンセラーにつなぐ手順など、想定される事案ごとに細かな計画を立てた。 また、臆測で事件について語られたことがSNSなどで波及し、被害者やその家族が傷つくことへの懸念もあった。学校として把握する事実をまとめ、子どもや保護者に説明する準備も進められた。 17日から学校が再開し、生徒たちは保護者に付き添われて登校した。まだ容疑者は逃走を続けていた。被害に遭った生徒が、塾の帰り道にファストフード店に寄っていたのも、同じような行動に心あたりのある生徒も少なくない。「近くに潜んでいるかもしれない。いつ自分もそうなるか分からない」という恐怖心があった。 心のケアで大切なのは「大人が落ち着く」ことと言われる。教職員たちが率先して動いた。学校には生徒を送迎する車が並び、周囲には報道陣。日常を取り戻すために、朝早くから出勤し、できる限り普段通りの環境を整える。シャルマさんはそうした教職員の姿を間近で見て「日々積み重ねている地道な先生と生徒の関係が、心のケアにつながった。カウンセラーは外部で得た経験や知見を伝えてサポートしただけ」と話した。 可能な限り、日常生活を送ること。それが心の回復につながる。悲しみは消えないが、時間とともに怖かった記憶や大きな衝撃は徐々に薄らいでゆく。ただ、何をきっかけに再び不安や恐怖がよみがえるか分からない。市教委の担当者は「現場の先生たちと連携し、引き続き、心のケアは続けていく」と誓った。【井土映美】 ◇臨床心理士のシャルマ直美さんから皆さんへ 悩んでいる時は、自分自身を取り巻くいろいろなことがうまくいかないと感じたり、希望を持てなかったり、他の人ばかりがうまくいっているように見えたりするかもしれません。しかし、人それぞれに必ず悩んでいることがあるものです。私にもあります。 そんなときはその悩みを信頼できる誰かに話してみてください。悩みはすぐに解決しないかもしれないけれど、時間がたつに中で、状況が変わったり自分の気持ちが変わったりするでしょう。信頼できる誰かに話したり、自分の好きなことをして忘れたり、楽しい気分になれることをして笑ったりして過ごしてください。 そして、忘れないでほしいことは、悩んでいる時間はきっとあなたを成長させているということです。その成長が必ず次のピンチをしのぐ力になります。悩みを抱えながらも日々の生活を頑張った自分を信じて、あなたの内側に蓄えられた、ピンチをしのぐ力を感じてほしいと思います。