11月26日、大規模修繕工事が行われていた香港・大埔(タイポ)区の高層住宅群「宏福苑(フォーチュン・ガーデン)」で大火災が発生した。建物外部に設置されていた防護ネットに火が燃え移り、住宅群8棟のうち7棟へと瞬く間に拡大した。死者は150人以上。丸2日間燃え続け、「世紀の大火」と呼ばれている。 この火災は香港社会の制度腐敗をあぶり出した。修繕工事が始まった2024年7月以降、香港の住民たちは工事に使用されているネットや保護シートなどが防火基準に適合していないと繰り返し通報していた。使用されていたコストの低いネットは「火災のリスクが極めて高い」と警告されていたにもかかわらず、政府部門も施工会社も対応せず放置した。 発生時に住宅群全体の火災報知システムが正常に作動していなかったことも判明した。担当の施工業者は過去に度重なる訴訟・違反歴があったにもかかわらず、高額での落札に成功しており、汚職や利益供与の疑惑が浮上している。公共の安全が利益構造と結び付き、そのリスクが爆発したとき、結果は必然としての「人災」となる。 制度腐敗のもう1つの危険な特徴は、情報統制である。 火災発生後、市民は「独立調査委員会の設置」「政府担当者の責任追及」「契約・審査・資材調達記録の公開」を呼びかけたが、程なく香港警察は呼びかけた者を国家安全条例違反容疑で逮捕した(香港政府は12月2日、独立委員会設置を表明)。 ■「中国本土化」が招いた制度崩壊 災害後の情報封鎖と「維穏(治安維持)」型処理は、かつて香港に存在した透明で問責可能な制度への信頼が完全に崩壊したことを意味する。かつての香港には独立した司法、政府をチェックする「廉政公署」、自由な報道、民選された議会という複数の権力制御装置が存在し、それが自由で繁栄した香港の根幹を支えていた。しかし今や民意は弱まり、言論の場は縮小し、メディアは服従を求められ、司法は「正義より安定」を優先する中国式ロジックへと傾いている。 香港の「中国本土化」が招いた制度崩壊を、大火災によって世界は目撃した。燃えたのは建物だけではなく、香港という社会に残されていた最後の信頼だった。 ■ポイント <維穏>「社会穏定(安定)の維持」の略語。民衆による暴動や騒動の多発を受け、共産党政権が使い始めたスローガン。2025年の中国政府の維穏予算は2428億元(4兆8560億円)に上る。 <廉政公署>1960〜70年代の香港の経済成長を背景に、はびこった汚職を取り締まるため74年に発足した汚職捜査機関。公務員のほか、民間企業の捜査や取り締まりも担当する。