『クスノキの番人』はなぜ東野圭吾初のアニメ化に? 獲得した“実写以上”のリアリティ

リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、幼少期に『ガリレオ』(フジテレビ系)再放送の日は決まって8チャンをつけていた玉置が『クスノキの番人』をプッシュします。 『クスノキの番人』 もはや「日本のインフラ」といってもいいかもしれない。東野圭吾作品のことだ。 『ガリレオ』に『新参者』(TBS系)、『マスカレード』シリーズ、単体でも『人魚の眠る家』など、これまで愛されてきた映像化作品を挙げればキリがない。今年も始まったばかりだが、すでにNHKスペシャルドラマとして『雪煙チェイス』が、そして先日、松村北斗と今田美桜のW主演で『白鳥とコウモリ』の映画化も決まった。予告編で画面いっぱいに「原作:東野圭吾」の文字がドーン! と表示されなかった作品なんて、記憶にないレベルだ。それほどまでに、彼のブランド力は凄まじい。 ただ、そのブランドの中身は確実に変化している。かつてブレイクした当時、東野圭吾といえば“ミステリーの帝王”だった。しかし今では、『秘密』や『ナミヤ雑貨店の奇蹟』などが愛されているのを見ればわかる通り、温かな人間ドラマの名手であることも、もはや周知の事実だ。今回取り上げる『クスノキの番人』もまた、そんな“謎解きではない”東野圭吾の系譜にある一作。だが、これまでの映像化作品とは決定的に異なる点がある。東野圭吾原作として初の「アニメーション映画」だということだ。 本作の主人公は、直井玲斗という青年。不当な解雇にあい、やけになって不良仲間と罪を犯して逮捕される……という、一見ありふれたような転落劇から物語は始まる。だが、彼のもとに現れた弁護士が、釈放の条件として「クスノキの番人」を提案したことで運命が一変する。そのクスノキには、祈れば願いが叶うという不思議な伝説があったのだ。玲斗は番人として、昼夜問わず祈りに来る人々の想いに触れ、そして自身のルーツとも向き合っていくことになる。 近年、アニメーションにおける背景美術の進化は凄まじいことになっている。もはや実写と遜色ないどころか、時には「実写より実写じゃん」とすら錯覚してしまうことも。ただ正直なところ、最近では目が肥えすぎてしまったせいか、綺麗なアニメを観てもそう簡単には驚かなくなっていたのだ。 しかし、本作の背景美術はすごい。それらとは全く異なるベクトルで、すごいのだ。もちろん、圧倒的な写実性はある。だが、画面全体を支配しているのは、明るく色鉛筆のようなタッチ。まるで絵本を読んでいるかのような温かさを帯び、写実性があるのに、どこか絵の具で描いたようなアナログな印象。この柔らかく温かい質感が、物語を優しく包み込む。目に見えない「念」や「想い」を扱うこの物語のテーマにかなりシンクロしており、劇場でしか感じることのできない温もりのようなものを確かに感じ取った。皆さんも劇場で、ぜひ。 そして、その魅力的な世界観を決定づけているのは、やはり声優陣だろう。キャストに注目してみると分かるが、今作は主要キャストのほとんどが声優ではなく、俳優業の第一線で活躍している者ばかり。主人公・玲斗を演じる高橋文哉、そして天海祐希、齋藤飛鳥、宮世琉弥など、普段は身体全体を使って役者として活動する者たちが、今回は「声」だけで演じている。これがアニメ的なデフォルメのない、リアリティのある空気を生み出し、彼らの生きる世界がアニメの中ではなく、私たちが生きる世界の延長線上にあるように感じさせてくれた。 特に、佐治優美を演じる齋藤飛鳥には驚かされた。その声は驚くほど自然に世界に溶け込んでおり、これが声優初挑戦とはにわかには信じ難い。そしてもう一つ、艦長や大将軍のような勇ましい役ではなく、中年おっさんを演じる大沢たかおを楽しめるのも、本作ならではの贅沢体験だろう。 東野圭吾作品の登場人物の多くは心の奥底に「善意」を秘めている。だが同時に、愛ゆえの弱さという部分も克明に描かれる。本作も同じように、単純な勧善懲悪や、皆が報われる安易なハッピーエンドに向かおうとはしない。(※以下、ネタバレあり) 本作を面白いと思う要素の一つに、物語における善悪の境界線がはっきりしていない点がある。佐治優美の父・佐治寿明の行動が分かりやすい。亡くなった兄の曲を母に届けるという善意から生まれた行動が、結果として家族を苦しめることになっていた。しかし、本作はそれを断罪しない。それどころか、謎が解けた途端、客観的には罪とも呼べる父の行動は、さらりと流される。佐治家を不安にさせ、苦しませた事実は消えない。だが物語は、あえてその痛みから目を逸らすかのように、温かな結末で包み込んでいく。この“不自然”とも取れる解決の塩梅。人間の不器用な想いに対する曖昧で歪な優しさにこそ、東野作品らしさを感じた。 そして何より秀逸だったのが、玲斗と叔母の千舟の関係性の終着点だ。初めは血の繋がりのない「擬似親子」のように見えた2人が、クスノキの念を通じて繋がる瞬間。玲斗は叔母の記憶を通じて、知るはずのなかった母の愛を知り、叔母もまた、玲斗の姿に亡き妹の面影を見る。単なる親子愛の物語ではない。記憶と視点が交錯することで、互いが心の奥底で渇望していたモノが繋がり、そこから唯一無二の絆が生まれてくる。荘厳なクスノキの元で、記憶と想いが幻想的に溶け合うその描写は、実写では成し得なかった、アニメーションだからこその表現だといえるだろう。「新しい愛の形」がそこにはあった。 113分という尺に凝縮された物語は見応え十分ではあった。だが正直なところ、それぞれのキャラクターが背負うドラマの重量感ゆえに、「彼らの物語をもっと丁寧に観たい」という「想い」が湧いたのは確かだ。できることなら、1クールのアニメシリーズとして、彼らの物語をもう一度じっくり観てみたい。その「想い」は、次の新月の夜まで胸にそっとしまっておこうと思う。

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