シンガーソングライターの松山千春(70)が15日放送のNACK5「松山千春 ON THE RADIO」(日曜後9・00)に出演。1月10日に77歳で死去したラジオパーソナリティーなどで人気を集めたタレントの宮地佑紀生さんを追悼した。 松山は「本当に面白いヤツで、俺は大好きなヤツでした。体調を崩したとは聞いておりましたけど、非常に残念です」と語った。 さらに、東海ラジオでの番組で宮地さんと出会った当初から「こいつはなんて面白いんだろう。すべて名古屋弁で話すから、これがまたとてつもなく面白いんだな。それまで俺、周りに名古屋弁を話す人間なんていなかったら…もう強烈なイメージだったな。それから、宮地とは番組もそうだし、普通の時にも一緒に飯食いに行ったり、いろんな所に行ったり…楽しい思い出はいっぱいありますよ」としみじみと語った。 宮地さんは1997年から東海ラジオで「宮地佑紀生の聞いてみや~ち」を担当。だが、2016年6月に生放送中にパーソナリティの女性の左脚を数回蹴るなどして逮捕され、番組も降板したことを振り返り「ラジオの生放送中に、いろんなことがあって。東海ラジオを辞めることになって。また他の局の番組とか、いろいろやったりしていたんだけど…それでも、やっぱり俺は宮地が好きだったな。コンサートにもその後、1回か2回くらい顔を出してくれたんだけど“ちーさんに迷惑をかけちゃいけないから”って言ってね。あいつは自分からコンサートにも来なくなった」と言い「バカ、俺はいつでもお前には会いたいよ。全然構わんよ、お前。どんなことがあっても、俺はお前の人間性を信じてるから、頑張れよみたいな気持ちでいたんですが。結局、病気ということでね。77歳ったらまだまだだろう、本来な。そんな宮地が亡くなって、自分も凄い寂しい気持ちでおります」と語った。 さらに「あれほどラジオで楽しいことをベラベラとしゃべれるのは宮地くらいなもんじゃないかなと、つくづく思いました。宮地、俺は北海道で待ってるぞ。何かあったら、いつでも会いに来い。どんな姿でもいいから。幽霊になったとしても会いに来い」と呼び掛けていた。 宮地さんは1月10日、骨髄異形成症候群のため死去した。77歳だった。2月9日に所属するサンデーフォークプロモーションが公式サイトで発表した。宮地さんは、25歳でラジオパーソナリティーとしての活動を開始し、「ミッドナイト東海」「どんどん土曜大放送」といったラジオ番組を担当。1997年に始まったラジオ番組「宮地佑紀生の聞いてみや~ち」では、“名古屋の午後の顔”として人気を集めた。26日に「お別れの会」が開かれる予定。