「自分を止めるのは自分自身の道徳」 “コスト計算”で見るトランプ政権の法理論

法は、本当に「守るべきもの」なのか。アメリカでは、法律を絶対的な道徳規範としてではなく、破った場合のリスクと得られる利益を天秤にかける「基準」として捉える見方があります。そこには、多様な宗教や価値観がぶつかり合う社会ならではの、法と道徳の複雑な関係が横たわっています。『在米50年の弁護士が当事者として見た「内乱」のアメリカ』(秋山武夫・著)から、一部抜粋してお届けします。 * * * ■法は破ったときのコストをはかる「基準」にすぎない アメリカにおいて、法はしばしば絶対的な道徳的規範というよりも、現実的な「選択肢」として理解される傾向があります。これは、法が「破ってはならない神聖不可侵のもの」としてではなく、「違反したときに発生するコストと、それに対して得られるベネフィットとのバランスを取る対象」として位置づけられていることを意味します。 少数派にとって、自らの根源的信念と相容れない法が、民主主義のもとで制定されたものであったとしても、それは単に多数派の意思を制度化したものにすぎず、それに従うことが常に善であるとは限らないのです。 トランプ大統領自身も「自分を止めるのは自分自身の道徳であり自分の心だ」と公然と述べ、外部の普遍的基準よりも自己の判断を最終基準とする姿勢を示してきました。 法や規範を絶対的な道徳として受け入れるのではなく、違反した場合のコストと利益を計算する対象として見る態度が、政治の最前線でも明確に表れているのです。これは見方によっては、民主主義によって形成された法や制度の正当性そのものを相対化する考え方であり、極めて危うい側面を持っています。 この姿勢は宗教との関係において特に顕著です。アメリカは建国当初より、ピューリタン的キリスト教倫理を基盤とした宗教的価値観に強く影響されており、法の制定や社会制度の根幹にもその影響が色濃く見られます。 たとえば、日曜日の商業活動を制限する「ブルー・ロー」や、同性愛や婚外性交をタブー視する法制度は、その典型的な例です。かつてはニューヨークを含め、州法を中心に同性愛や婚外交渉をタブー視する規制が広く存在しました。 こうした制度は、一見すると「社会秩序の維持」のための中立的な枠組みに見えるかもしれませんが、実際にはキリスト教的倫理観を社会規範として法制度化したものであり、特定の価値観を持つ集団の意見が多数派となった結果にすぎません。 【書籍『在米50年の弁護士が当事者として見た「内乱」のアメリカ』好評発売中】 現代アメリカ社会では、宗教・価値観の多様化が進行し、これまで「常識」とされていたキリスト教的道徳観とは異なる立場を持つ人々―たとえばイスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンドゥー教徒、無神論者、あるいはLGBTQ+の人々―が、法制度と自己の信条との乖離に直面しています。このような人々にとって、国家によって制定された「法」は必ずしも道徳的正当性を有するものではなく、場合によっては自己の信念と対立するものとなり得ます。キリスト教保守層が主張する「胎児の生命を守るための中絶禁止法」は、無神論者やフェミニストにとっては女性の自己決定権を奪う抑圧的な制度として映ります。 一夫多妻制や離婚の問題も、宗教的・文化的価値観と法制度の間にある深いギャップを象徴しています。 たとえば、かつて一部のモルモン教徒にとって一夫多妻は神聖な教義でしたが、アメリカ連邦政府はそれを違法とし、宗教的自由よりも「世俗的モラル」を優先しました。また、カトリック教会が離婚を認めない一方で、アメリカの法律では離婚は一般的に認められています。 つまり、宗教的価値観であれ世俗的価値観であれ普遍的なものではなく、法制度の中では「多数派の意見」として相対的に位置づけられ、その妥当性も社会によって変わり得るのです。 このように見てくると、法は中立的・普遍的な価値を体現するものではなく、むしろ「多数派の価値観」を一時的に形式化した制度にすぎないということがわかります。したがって、法に従うか否かは道徳的・倫理的な「善悪」の判断というよりも、個々人が置かれた状況の中で、違反することによるリスク(罰金、逮捕、社会的非難など)と、それによって得られる利益(信念の貫徹、経済的利益、自由の獲得など)を天秤にかけたうえで決定される行動選択の問題となります。 実際、このような考え方は、現代アメリカにおいて一定の広がりを見せています。自らの政治的・社会的信念を実現するためなら脱税もいとわず、浮いた資金を自らの思想と一致する慈善団体や社会運動に投入することを潔しとする市民もいます。そこでは、法は絶対的な規範ではなく、より高次の目的を実現するための制約条件の一つとして位置づけられているのです。 【AERA Books MEMO】 ■『在米50年の弁護士が当事者として見た「内乱」のアメリカ』(著者・秋山武夫) なぜ大統領の意向一つで戦争ができるのか。なぜ「独裁」が許されてしまうのか。内戦前夜ともいわれる国内の分断の深さは――アメリカ社会はここまで病んでいた!権力機構・法制度・市民生活の荒廃を、半世紀以上アメリカを内側から見てきた日本人弁護士がぜんぶ書く。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする