中国の飲食配達員、偽情報の新たな標的に–同情利用した動画投稿が急増

独自のネットサービスが普及する中国だが、動画投稿で再生数に応じて収益を得たり、フォロワー数を増やしたりする仕組みは、他国と同様である。フォロワー獲得後は、物販につなげたり、配信者自身のクローズドなコミュニティーやビジネスに誘導したりすることもある。2024年は日本人学校が話題となり、結果的に日本人学校を標的とした襲撃事件の一因ともなったが、近年は、普及が進む飲食配達員などのギグワーカーが、新たな注目の的となっている。代表的なフードデリバリーサービスとしては、黄色いユニホームでおなじみの美団(メイトゥアン)などが挙げられる。中国全土の都市部でサービスが展開されており、このユニホームを着た配達員たちの日常や苦労話が、多くの人々の関心とコメントを集めているのだ。 フードデリバリーの配達員は、暑い日も寒い日も、雨の日も風の日も、人々の食事を運び続ける。時には交通警察と口論になり、時には配送中に困っている人を助けて「通りすがりのヒーロー」となり、また時には転倒して配達中の食事を台無しにして涙に暮れることもある。配達員の多くは農村部の出身者や、学校卒業後に安定した職を見つけられない若者、あるいは転職が困難な元会社員などである。IT業界の不況が続き、「プログラマー35歳定年説」のように中高年がリストラされる例も少なくない。映画「逆行人生(Upstream)」は、IT企業を解雇された40代の男性が配達員として再起を図る物語で、大きな話題を呼んだ。 中国の名門、清華大学の新媒体研究中心は、国内で普及するフードデリバリーや配車サービスなどのギグワーカーに関するデマの拡散メカニズムと対策について分析したレポート「霊活就業類謡言伝播機制与治理路径」を発表した。これによると、2024年には「フード配達員や配車ドライバー」に関するネット上のうわさは、年間約151.35%という高い成長率で増加している。そのうち70%超は、彼らの生活や収入に関するものであった。 フードデリバリーの配達員は、既に中国のネットユーザーにとって共通のアイコン的存在となっている。さらに、配達員と顧客との間の感情的な対立といった要素を盛り込むことで、より人々の心に響くストーリーを作り出すことが可能だ。虚偽情報やうわさの制作者は、人々の同情、好奇心、不安、怒りといった感情を刺激することを見越し、男女間の対立や道徳的ジレンマなどのテーマを組み合わせ、テンプレート化された筋書きを設定することで大衆の共感を呼び、アクセス数を稼いで収益化を図っている。中には、ネットコンテンツ制作のプロも関与しているとされる。 CNNIC(中国のインターネットネットワーク情報センター)の統計によれば、中国のフードデリバリー利用者は6億人弱に上る。これほど多くの利用者がいれば、その存在を知る人はさらに多く、関連する話題が拡散しやすい土壌にあると言える。一部の配信者は自身のマーケティング目的で、配達員に対する世間の同情やイメージを意図的に利用し、情報の捏造(ねつぞう)、誇張、歪曲(わいきょく)、画像の偽造などを行うことがある。レポートは、拡散されやすいうわさの生成にAIが悪用され、安価かつ大量に、そして迅速に偽情報が生み出される傾向にあると指摘している。 デマ拡散の原因は発信者だけにあるのではなく、社会的な認知や集団心理も、その拡大を助長する強力な要因となっている、とレポートは分析する。すなわち、一般のネットユーザーもコンテンツに共感することで、無自覚のうちにデマ情報を受け入れて拡散のハブ(中継点)となり、さらなる拡散を招いているのである。虚偽の情報が大量に流れると、利用者は「みんなが広めているのだから真実に違いない」という心理的錯覚に陥ったり、「信頼する人が発信しているから正しいはずだ」と思い込んだりして、うわさの拡散を後押ししてしまう。また、情報過多の状況下で、個々の情報の真偽を確かめる作業を放棄しがちである点も、拡散の一因かもしれないと分析されている。 2024年だけでも、大手フードデリバリープラットフォームの配達員に関するネット上のうわさは数百件に上り、そのうち少なくとも数十件は、企業の法務・セキュリティ部門などが連携して対応せざるを得ないほど、深刻な悪影響をもたらした。一部は司法手続きに至ったものの、悪影響を完全に払拭(ふっしょく)する効果は限定的だった。 例えば、湖北省武漢では、「あるフードデリバリーのプラットフォームが45歳以上の配達員を許可していない」という動画が広く拡散し、配達員の間に不安が広がり同情を集めた。これを受けて警察のサイバーセキュリティ部門が調査した結果、(プラットフォームによるが)公式には年齢制限は18~56歳または60歳であり、動画の内容は虚偽であると確認された。 また、浙江省台州では、配達員に成りすました男性が、生活するには不十分な額の給与明細を提示し、「一生懸命働いてもこれだけしかもらえない」「プラットフォームが賃金を抑えている」などと訴えるショート動画を数十本投稿し、総再生数を稼いでプラットフォームから広告収入などを得ていた。台州市公安局は、男性が実際には配達員として働いていなかったこと、動画内で示される報酬の受取頻度が不自然であること、地名に誤りがあることなどから、一連の動画は虚偽であると断定し、逮捕した。男性は「ショート動画で稼げると聞き、試してみたかった。以前配達員をしており、配達員の動画が注目を集めやすいと知っていた」と供述しているという。 これは日本を含む多くの国で見られる現象かもしれないが、独自のネットサービスが普及し、監視社会とも言われる中国においても同様の問題が起きている。ただし中国の場合、監視体制があるからこそ、こうしたデマの撲滅に向けた動きも活発だ。中国サイバースペース管理局は、虚偽情報の流布、ショートビデオ分野での悪意あるマーケティング、AI技術の悪用、悪意あるネガティブな感情の扇動などを是正することを目的とした「清朗」プロジェクトを推進している。 山谷剛史(やまや・たけし) フリーランスライター 2002年から中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、ASEANのITや消費トレンドをIT系メディア、経済系メディア、トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に『日本人が知らない中国ネットトレンド2014』『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』など。

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