あの「ヨシオカ」が捕まった――。フィリピンの首都マニラに精通している日本人なら誰もが衝撃を覚えたに違いない。ヨシオカは現地の裏社会の″黒幕″として、20年以上も暗躍していたからだ。 ◆長井秀和の美人局事件にも…… JPドラゴンとはどのような組織なのか。小山が入管施設に収容されていた昨年、私はマニラに飛び、彼と面会した。 「メンバーは10人ぐらい。フィリピンにきちんと税金を納めている″会社″だ」 詳細については明かさなかったが、ルフィ強盗団幹部の今村磨人(きよと)(41)との関係について、「同じ北海道出身だから、日本にいたころから知っていた。今村が原宿署に勾留されていた時に、弁護士を通じてビデオ通話もした」と認めた。一方の吉岡についてはこう擁護した。 「全然普通の人。悪党だとか人を殺しているとか言われますが、あり得ない」 それでも吉岡の拘束を受け、入国管理局のビアド長官はこう声明を出した。 「吉岡の拘束によって、フィリピン国内における彼らの拠点を事実上、解体した」 リーダーの拘束が組織の弱体化に繋がる可能性はあるだろう。だが、それで「解体」と言えるほどマニラの″不良邦人″たちは一筋縄ではいかない。 「初めて『ヨシオカ』という名前を聞いたのは’90年代後半です。表の仕事として重機のレンタル会社で働いていましたが、裏では暴力団との繋がりが指摘されていました。派手な出で立ちでしたね。私の知人の日本人経営者たちが脅迫を受け、カネを搾り取られたと聞きます。とにかく危険な存在という印象です」 かつてマニラに住んでいたある現地法人の社員は当時をそう振り返った。 ’00年代、マニラの夜の歓楽街では日本人観光客が美人局の被害に遭うなどのトラブルが相次いだ。若い水商売系のフィリピン人女性をホテルへ連れ込んだところに警察官が現れ、「未成年の女性だ」などと言い掛かりをつけられ、逮捕を免れる見返りに多額の金銭を要求されるのだ。その裏にも、吉岡の影がチラついていた。 元芸人で、現在は西東京市議会議員を務める長井秀和氏(55)も被害者の一人だ。’07年5月、長井氏は現地で少女にわいせつな行為をしたと警官を名乗る男らに詰め寄られ、1100万円を指定の口座に振り込んだ。その際、彼に女性を斡旋したのが吉岡の子分のIだったと言われている。実際、長井氏は現地でIと会っていたが、吉岡は出てこなかった。実行犯ではないため、事件への直接的な関与を示す証拠もない。常に影の存在だったのだ。 ◆残党は野放し状態 吉岡は、現地の捜査機関や有力者とのコネを「免罪符」にしつつ、自身の側近たちを次々と恐喝に加担させていたとみられる。入管の幹部はこう断言する。 「吉岡は、捕まった現場のパンパンガ州で絶大な政治的影響力を持つ有力者と繋がっている」 その人物が便宜を図れば、今後、吉岡は釈放される可能性もあるだろう。 また、吉岡は投資詐欺を働いたとしてフィリピン人起業家から現地で訴えられているため、すぐに強制送還されるかどうかは不明だ。仮に送還されたとしても、フィリピン国内には未だ、JPドラゴンやルフィの残党たちが蠢いている。 その一人が先に触れたナンバー2のYだ。’23年4月、警察官になりすまして埼玉県の当時89歳の男性からキャッシュカード4枚を盗んだ事件で、指示役を務めた疑いが持たれている。当時、Yは小山ら10人以上と結託して犯行に及んでいた。現地事情に詳しい在留邦人が語る。 「Yは表向きは吉岡のビジネスパートナー。一緒に闘鶏をやりつつ、その裏で特殊詐欺で日本から運び込まれたカネを仲間に振り分けていた。吉岡が逮捕されても、彼がフィリピンの地から日本人相手に恐喝や詐欺をやり続けるでしょう」 5年前からフィリピンに潜伏する静岡県出身の日本人女性I(34)は、『女版JPドラゴン』なる組織を結成しているといわれる。Iを知る元かけ子が語る。 「金融庁の職員を装って電話をかけるのがめちゃくちゃうまかった」 このほか、私が入手した強制送還対象リストとつき合わせると、まだ10人ほどの悪党がフィリピン国内のどこかに息を潜めている。前出の入管幹部が語る。 「今もYたちの追跡を続けてはいるが、有力情報がないのが現状だ」 フィリピンでは今年だけでもすでに特殊詐欺犯10人以上が拘束されている。また昨年7月には、カンボジアを拠点にしていた日本人の男4人がマニラで拘束されており、東南アジアに散らばっていた特殊詐欺犯がフィリピンに高跳びしていた実態が判明した。彼らがフィリピンを逃亡先に選んだ理由は、隠れ家などを仲介する人物が同国内にいるからだった。今後はさらに国外から犯罪グループが流れてくる可能性もある。 裏社会のドンを拘束しても、特殊詐欺犯の撲滅には、まだ時間がかかるのが実情だ。そして吉岡もまた、あらゆる手を使い、いずれ″故郷″フィリピンに戻ってくるだろう。 (文中、一部敬称略) 水谷竹秀 ’75年、三重県生まれ。『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。『日刊まにら新聞』で記者として活動したあと、ウクライナ戦争など世界中で取材活動を行う 『FRIDAY』2025年7月11日号より 取材・文:水谷竹秀(ノンフィクションライター)