45年前のその夏の夜も、蒸し暑い夜だった――。1980年8月19日、新宿駅西口で、発車待ちのバスが放火され、死者6名、重軽傷者14名が出た「新宿バス放火事件」。日本の無差別殺人としては最悪の惨劇のひとつである。この事件が物議を醸したのは、その被害の大きさだけではなく、丸山博文(38=事件当時)服役囚が後の裁判で心神耗弱と判断され、死刑を免れたことにもある。その後、半世紀近く経った今でも、心神喪失、耗弱者の責任能力の有無と刑罰の軽重は、時に大きな議論を引き起こすが、その原点とも言える事件である。 月刊誌「新潮45」では2007年、ノンフィクション作家・福田ますみ氏の筆により、この事件の全容を当時の資料などに基づいて詳らかにしている。以下、それを再録し、犯罪と責任能力、そして日本の刑法のありようについて、考えるヒントとしてみよう。 【前後編の前編】 【福田ますみ/ノンフィクション作家】 (以下は、「新潮45」2007年2月号記事の再録です) ***