ジェレミー・ボウエンBBC国際編集長 私は1年近く前、ドーハにいた。イスラム組織ハマスの幹部で交渉責任者の、ハリル・アル・ハイヤ氏にインタビューするためだった。当時取材に使った住宅は、イスラエルが今回、9日午後に攻撃した建物から遠くない場所にあった。 パレスチナ・ガザ地区での戦争が始まって以来、アル・ハイヤ氏はハマスの主な交渉担当者として、カタールとエジプトの仲介を通じてイスラエルおよびアメリカと、やり取りを続けていた。 停戦が実現しそうだと思われたその時々に、アル・ハイヤ氏は決まって、他の交渉担当たちと共に、イスラエルおよびアメリカの代表団のすぐ近くにいた。イスラエルの今回の攻撃は、アル・ハイヤ氏と他のハマス幹部らを標的にしたものだ。攻撃された当時、アル・ハイヤ氏らは、ガザでの戦争終結と残るイスラエル人人質の解放に向けた最新のアメリカ案を協議していた。 イスラエルが攻撃を即座に公表したことで、ソーシャルメディアでは「アメリカの提案はハマス幹部を一カ所に集めて、標的にするための策略だったのではないか」との憶測が広がった。 昨年10月にアル・ハイヤ氏が取材に応じるため、ドーハの質素な一軒家に入ってきた時、その警備が実に手薄だったことに私は驚いた。私たちは携帯電話を手放し預けるよう求められたが、警備のためアル・ハイヤ氏に同行していたのはボディガード数人だった。 外ではカタール警察の私服警官がSUV車の中でたばこを吸っていた。それだけだった。たとえ警備員が100人いたところで、空爆は防げなかっただろうが、アル・ハイヤ氏と側近たちはリラックスして、自信に満ちていた。 つまり、カタールは安全な場所のはずだったのだ。そして彼らは、比較的自由に動いても大丈夫だと自信を持っていたのだ。 この取材から数カ月前の2024年7月31日、イスラエルはテヘランでハマス最高幹部ののイスマイル・ハニヤ政治局長を殺害した。イランのマスード・ペゼシュキアン大統領の就任式に出席するため、テヘランを訪れていたのだ。 当時もガザでは激しい戦争が続いた。それだけに私は、アル・ハイヤ氏と同席するのは危険だろうかと思いはしたものの、私も彼と同じように、カタールは攻撃対象外だと考えていた。 カタールはここ数十年というもの、中東の「スイス」になろうと、敵対する勢力同士もカタールでなら交渉できると、そうした地位を築こうとしてきた。 アメリカがアフガニスタンのタリバンと交渉したのも、ドーハでだった。そして、2023年10月7日の攻撃以降、カタールは停戦交渉、さらには戦争終結に向けた外交努力の中心地であり続けた。 ドナルド・トランプ米大統領のスティーヴ・ウィトコフ特使が主導する和平交渉はすでに行き詰まっていた。そして今回の攻撃で、完全に破綻した。西側の外交幹部の一人は、「もはや外交など行われていない」と話した。 イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は自国民に対し、敵はもう二度と安眠できず、2023年10月7日の攻撃を命じたことの代償を払っているのだと主張した。 イスラエルのガザ攻勢は、勢いを増している。ドーハ攻撃の数時間前、イスラエル国防軍(IDF)はガザ市の全住民に対し、南部への退避を命じた。影響を受ける民間人は約100万人に上るとみられている。 ネタニヤフ首相はテレビ演説でガザ地区のパレスチナ人に向けて「人殺しどもに惑わされるな。自分の権利と未来のために立ち上がれ。我々と和平を結べ。トランプ大統領の提案を受け入れろ。心配するな、君たちにはできる。我々は違う未来を約束する。ただし、この連中を排除しなくてはならない。そうすれば、我々の共通の未来には限界がない」と語りかけた。 たとえこの言葉がガザ住民に届いたとしても、空虚に響いたはずだ。イスラエルはすでに数十万人の住居を破壊し、病院、大学、学校も破壊してきた。 ガザ地区はすでに飢餓に見舞われ、ガザ市では飢饉(ききん)が確認されている。地域全体で人道的危機が進行している。これ以上の強制移動は、民間人への致命的な圧力を一層強めるだけだ。 イスラエルはすでに、ガザで6万人以上のパレスチナ人を殺害してきた。その大半は民間人だった。ネタニヤフ首相自身、戦争犯罪の容疑で国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出されているし、イスラエル政府はジェノサイド(集団虐殺)の疑いで国際司法裁判所(ICJ)の捜査を受けている。 ドーハでの攻撃は、ネタニヤフ政権がガザにとどまらず、あらゆる戦線で最大限の圧力をかけ続ける姿勢を示すものだ。彼らはアメリカの支援があれば、自分たちの意志を軍事力で貫けると確信している。 ドーハ攻撃については、ホワイトハウスも非難した。これは異例のことだ。カタールはアメリカの重要な同盟国で、巨大な米軍基地がある。カタールは、アメリカへの主要な投資国でもある。 しかし、ネタニヤフ首相は今回の件について、たとえトランプ氏が自分を叱るとしても、少したしなめる程度で済むと見込んでいるようだ。そしてネタニヤフ氏は、自分が言うことを聞かなくてはならない外国首脳は、トランプ氏だけだと考えているのだろう。 イスラエルのガザ攻勢は続いている。そして今月後半には、イギリス、フランス、カナダ、オーストラリアなどの西側諸国が国連でパレスチナ国家の独立を承認する見通しだ。それに対抗するため、ネタニヤフ政権の極右閣僚たちは、ヨルダン川西岸地区の占領地併合を、これまで以上に一層強く求めるのだろう。 (英語記事 Bowen: Diplomacy in ruins after Israel strikes Hamas leaders in Qatar)