【前回までのあらすじ】 ’18年の夏、末端のかけ子として特殊詐欺グループに加入した小島智信被告(47)は、〝ボス〟こと渡邉優樹被告(41)に仕事ぶりを認められて頭角を現していく。 同時にグループは月に数億円単位の金額を詐取する巨大犯罪集団へと変貌した。しかし、’21年にメンバーたちは当局に次々と拘束され、小島被告らは「ルフィ広域強盗事件」の舞台となったビクータン収容所へ送られる。 ビクータンで藤田聖也(としや)被告(41)と今村磨人(きよと)被告(41)に再会した渡邉被告らは、今村被告が立案した広域強盗に手を染めるものの、失敗続き。グループ内の軋轢が強まるなか、ついに死者を出した狛江事件が発生する。 しかし、’23年1月末に「ルフィがビクータンにいる」という報道が打たれると、状況が一変した。 ボスと藤田が今村を「ルフィなんて名乗るからだ」と責め立てました。報道を受けて今村専用のVIPルーム「キヨトルーム」は取り上げられ、施設内への女の出入りも禁止になり、私たちは他の収容者から大バッシングを受けました。 同時に藤田は、今村にすべての罪を擦り付けようと、ボスと今村が会話している様子をこっそり動画に収め、日本のメディアに流すためにボスの愛人に送っていました。ボスは2月に脱走を試みるべく700万円を用立てますが、このカネも愛人に騙し取られました。愛人はボスに「もう付き合っていられない。グッドラック!」と言い残して去っていきました。 強盗のトップは今村でした。しかし彼は、ビクータン近くのATMで出金して捜査の足がかりを作るなど、マヌケなところが多々あった。私は今村に、なぜ人を殺すまでやってしまったのか尋ねました。 今村は、「渡邉と藤田から『キヨトがボスだから何とかしてくれ』と言われて何とかしないといけないと思っていた」と頭を抱えていました。この時、はじめて今村に同情しました。ボスたちは今村を殺してすべてを奪う計画を立てていたのに、哀れなやつだ、と。結局、今村も″利用される側″だったわけです。 ビクータンでの最後の4日間、私たち4人は2畳以下の独房にぶち込まれました。ボスと藤田はなんとか賄賂で強制送還を逃れようとしましたが、最終的に観念した。絶望したボスはその場で死のうとし、私が必死に止めました。 今村は二人に「俺は何も話さない」と強がっていた。洗脳に近い状態にあったのか、結果的に今村はその約束を今も守り続けています。私たちは’23年2月に日本へ移送されました。この日は、フィリピンのマルコス大統領の初来日の日でした。首相との会談を控えるなか、フィリピン政府にとって私たちの移送はいい手土産になったことでしょう。 ルフィ広域強盗事件は、指示役と実行犯の関係性に特筆すべき点がある。再現性が高く、「トクリュウ」(匿名・流動型犯罪グループ)の名称が定着するなど、昨年8月から関東で類似の強盗事件が多発した。渡邉たちのグループでは、指示役が集めた実行犯の多くに無期懲役の判決が下っている。では、指示役にとって実行犯はどのような存在だったのか。 単なる使い捨てのコマです。捕まれば補充するだけ。それ以外の何ものでもありません。実際にボスたちは、広域強盗事件の実行犯にカネを払うつもりはなかった。 闇バイトに応募する人に改めて伝えたいのが、捕まるまでは仲間。でも、逮捕後はゴミ扱いということです。支払われるかどうか分からない100万円程度の報酬で人生を棒にふるほどマヌケなことはないと気付いて、どうか応募を思いとどまってほしいと願います。 特殊詐欺の被害件数は、年々増加傾向にある。今年度の特殊詐欺被害額は3月末時点で276億円にのぼり、うち171億円が警察官を名乗るものだった。その流れを加速させた渡邉たちの詐欺グループの罪は重い。それでも小島は、「特殊詐欺がなくならない構造的な問題が日本にはある」と嘯いた。 私も含めてですが、当時は詐欺に手を染めている、犯罪行為をしているという意識が希薄でした。かけ子やリクルーターという仕事は流れ作業になりやすい。「会社」的な組織を作り上げたのは、彼らの犯罪意識を麻痺させるためという側面もありました。 日本の借金文化の影響も感じました。カードローンや住宅ローン、分割払いなど、借金に心理的な抵抗がない者が本当に多い。闇バイトの参加者の借金の理由はゲーム課金やホスト、キャバクラ、ギャンブルがほとんどでした。 つまり、誘惑に負ける者が減らない限り詐欺はなくなりません。詐欺を減らしたいなら、ATMの限度額を引き下げること。それが最も効果的でしょう。 小島は強制送還されたその日から、検察や警察の取り調べに協力してきた。’23年2月から東京地検に朝から晩まで90日ほど通い、強盗事件については’23年9月から12月にかけて朝から夕方まで40日程度の取り調べに応じている。 捜査へ協力し、組織の実態解明に貢献したことは、裁判でも考慮されたようだ。正犯ではなく強盗致傷幇助となり、3つの強盗事件と10件の特殊詐欺事件で懲役20年という実刑判決(20年は不服として控訴中)となったのは、今後も捜査協力を惜しまないという姿勢が影響したと見られる。 裁判で強盗への関与が一部認められている一方、小島が「強盗や殺人には関わっていない。私はあくまで詐欺師」と度々筆者に訴えたのも、贖罪(しょくざい)の意識からだろうか。 被害者へ弁済しようにも、フィリピンで稼いだおカネはすべて奪われてしまった。私に出来ることは、すべてを話して事件について真実を明らかにすること。今後の裁判でも証言台に立ち、一つでも事件が解決するために動きます。 幹部たちの″嘘″を許すつもりもありません。これ以上被害者を出さないために、手口を明らかにし、世間が言うところのルフィグループを崩壊させたい。私は強盗も殺しもやっておらず、ルフィの一味ではないことも伝えたかった。 そして、こうも続けた。 まだグループの残党はいる。彼らには、カネを払ったら助かる世界は存在しないという現実をみてほしい。私たちが作った組織の壊滅を心から望みます。 広域強盗事件発生から間もなく3年が経つ。しかし、実態解明は未だ道半ばである。 (文中敬称略・了) 取材・文:栗田シメイ(ノンフィクションライター) ’87年生まれ。スポーツや経済、事件、海外情勢などを幅広く取材。著書に『コロナ禍を生き抜く タクシー業界サバイバル』。新著『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』が好評発売中。『甲子園を目指せ! 進学校野球部の飽くなき挑戦』など、構成本も多数 『FRIDAY』2025年10月3・10日号より 取材・文:栗田 シメイ(ノンフィクションライター)