犯人は死刑で「罪を償った」ことになるが…元検事が直面した法廷では裁ききれない"犯罪の本当の重さ"

検事とはどんな仕事なのか。23年間検事を務め、現在は弁護士の村上康聡さんは「さまざまな事件を取り扱い、事情聴取を行ってきた。その中でも被害者に何も言葉をかけられなかったほどつらい思いをした事件がある」という――。(第3回) ※本稿は、村上康聡『検事の本音』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。 ■現金を狙われ拳銃で撃たれた地下鉄の駅員 こんなつらい事情聴取は初めてであった。 都内の地下鉄の駅員が、拳銃で腹を撃たれ、犯人が逃走するという強盗殺人未遂事件が起こった。奪われたものは、紙袋一つ。中身は、漫画雑誌、栄養ドリンクくらいだけだった。犯人はなぜ、銃撃してまでそんなものが入った紙袋を奪ったのか? 犯人が奪おうとしたのは、無論、漫画雑誌や栄養ドリンクなどではなく、紙袋に入っているはずの売上金だったのである。そのために念入りに下見まで行うなど綿密で計画的な犯行だったのだが、結果はお粗末だった。 劇画チックで笑止千万、だが被害者が出る何とも腹立たしい杜撰な犯行であった。逃走した犯人は、自己顕示欲が強く、その後、警察に出頭して逮捕、起訴された。ここからが、本筋である。この事件で、被害者は、全治不明の腹部銃創の重傷を負い、病院に搬送。数日間、ICU(集中治療室)で、意識不明の状態が続いた。 その後の治療で生命の危機は脱したものの、脊髄・腰椎損傷、胃、腎臓等に、回復の見込みの困難な傷害を負っていた。それは、日常生活を送ることに支障を来すほどだった。そのうえ、脊髄に散在しているはずの銃弾の破片がまだ摘出されておらず、下半身麻痺の状態だった。 ■事情聴取するのが苦しかった被害者の姿 私は、この被害者についての警察の調書を読んだうえで、検察庁としても被害感情について調書を作成すべく、検察事務官とともに入院先の病院に赴いた。被害者は、集中治療室のベッドに寝たままの状態だった。その様子を見た私は、被害者に挨拶をしたものの、事情聴取を行うことができなかった。 目の前の、無言でいる被害者の無念さ、悔しさが、その姿から強烈に伝わってきた。被害者は今後、おそらく車椅子生活となり、排泄のコントロールさえもできなくなるおそれがある。一生懸命に働いてきて、真面目に人生を送ってきた人間が、なぜ、理不尽にも突然、こんなむごい目に遭わなければならないのか。 「なぜ、他の誰かではなく自分なんだ」 被害者からそう問いかけられたら、私は何と答えるか。検事である前に、一人の人間である私に突きつけられた無言の根源的な問いかけは、私の心を凍りつかせ、沈黙させ、内心うろたえさせるのに十分であった。被害者は、当時、本人ばかりでなく肉親までもが危機的状況にあった。被害者の父親は、入院して意識のない重篤な状態にあり、被害者の母親や姉が看護をしていた。

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