【インタビュー】『ルポ失踪』松本祐貴が語る、失踪経験者の“生き延びる力” 「逃げることでしか、次を拓けなかった人もいる」

年間9万人。これは、警察庁が発表した日本における年間の行方不明者数だ。およそ1200人に1人が、ある日突然姿を消している計算になる。 現在の人間関係や社会的立場を捨て、別の人間として生き直す「失踪」。それは、私たちにとって決して縁遠い話ではないのかもしれない。 今年9月に発売された松本祐貴による新書『ルポ失踪 逃げた人間はどのような人生を送っているのか?』(星海社新書)は、元失踪者や残された人々への取材を通して、「どうして逃げたのか」「どう逃げたのか」についての壮絶な実態に迫った一冊。第1章に登場するのは、25歳で家を飛び出したまま30年間一度も実家に帰らなかったAV男優。その先の章では父に失踪された風俗嬢、半グレ団体からの逃亡生活をしながら2度も結婚した男性、旅行先のフランスで失踪しスリ集団の一員となってしまい、帰国後は闇金やホストなどを経験、現在はカメラマンを生業とする男性など、いずれも強烈な人物ばかりが登場する。彼らはいかにして逃げ、何を考え、今をどう生きているのか。 発売直後から大きな話題を呼び、SNSでは「面白すぎる」「一気読みした」との声が相次いでいる本書。今回は著者の松本に取材の裏側や、失踪という行為を通じて見えてきた現代社会の生きづらさ、そして「逃げる」ことの意味について話を聞いた。 ■「失踪は誰でもできますよ」 ――本書の帯には「逃げる理由と少しの勇気があれば失踪は誰にでもできますよ」というゾッとするような、不思議と魅力的なキャッチコピーが書かれています。まえがきでは松本さんご自身の失踪への憧れにも触れられていますが、どのような点に惹かれていたのでしょうか。 「みんな、暮らしていればそういう瞬間があると思うんですよね。受験勉強が嫌だとか、親と喧嘩しちゃったとか、仕事が嫌でもうダメだとか。そういうときに“逃げ出したいな”って思うじゃないですか。私自身は家出や長期の旅行があるぐらいで失踪なんてものとは縁遠い生活を送っていたのですが、警視庁の発表した数字を見ると、非現実な世界ではまったくないんです。身の回りに、数年、数十年の間家族と連絡をとらず、別の人間として人生を生き直している人がいるかもしれない。この状況を一冊の本にまとめる必要があると思いました」 誰もが一度は抱くであろう、現実から逃げ出したいという衝動。しかし、そこには保険や年金、仕事といった数々のハードルが立ちはだかる。失踪した人々は、一体どうやってそれらを乗り越えているのか。 「本書に出てくる人たちは、基本的には保険も年金も払っていますよ。知り合いの住所に住民票を移して、そこに来る振込用紙で支払う。実際に住んでいる場所と住民票の住所が違っても、保険証は問題なく使えるんです」 ――意外と普通に暮らせるものなのですね。 「ええ。ただ、家族などから警察に『行方不明者届』が出されている場合は別です。免許の更新や職務質問で身元が照会された際に、届けが出ていることがわかって家族に連絡がいってしまう。そうやって見つかるパターンはありますね。第1章あとの『失踪者の教訓』のコーナーでも書きましたが、家族からのDVなどで逃げるのであれば自治体の窓口に“虐待があった、暴力を受けた”と伝えておくことが大事になります。そうすることで家族からの住民票の閲覧制限がかけられ、現在の居場所を知られることができなくなるんです」 逆に言えば、警察沙汰にならず、健康でいられれば、社会に溶け込んで生きていくことは不可能ではない。本書にはAV男優や半グレ、スリなど、非常に個性的な経歴を持つ方々が登場する。どのようにして取材対象者を見つけたのか。 「もう、知り合いに聞きまくって探しました。最初の構想から本が完成するまで、2年半ぐらいかかりましたね」 取材対象は、現在も逃げ続けている人ではなく、一度社会から逸脱し、再び社会復帰した人々が中心。そこから、挫折と再生の人間ドラマが浮かび上がる。「失踪」と聞くと後ろ暗いイメージがまず浮かぶが、残された側ではない“逃げた人”たちはいずれもエネルギーにあふれている。本書に登場するのはいずれもたくましく逃亡をやり遂げた人ばかりだ。 「当初は、もっとどんよりした話になるかと思っていました。でも、取材をしてみると、皆さんすごくエネルギッシュなんです。最初に取材ができたのは第5章に登場する篠田誠さん。取材は居酒屋で行ったのですが、彼は傷害事件で現行犯逮捕されたことで、初めて実家から行方不明者届を出されていたことを知った。その人生のすさまじさに、もうガツンとやられました。“失踪経験ある人、めちゃくちゃ面白いかもしれない”って。その辺のつまんない映画とかよりはるかに面白いだろうという、手応えをつかんだんです」 ――特に印象に残っている方はいらっしゃいますか? 「みなさん失踪先でも大変たくましく生き抜いている人ばかりなんですが、やはり家族にとっての失踪経験は別です。ズンと来たのは、第2章で書いたお父さんの話ですね。男のプライドみたいなものと、その裏にある弱さが見えて。第3章では認知症の妻が突然いなくなってしまった男性を取材しているのですが、彼の話を聞くのは辛かった。他の取材対象者と、3章の男性の悲しみの大きさはちょっと違うなと。話を聞いていて、もらい泣きしそうになりました」 取材はおもに、居酒屋やファミレスで行われた。そこで振り返られる壮絶な人生は、まさにフィクションを超える「冒険譚」のようだったと松本は語る。 「この人たちは、本当にレベル1の丸裸の状態から再び生きて、そこで経験値を新たにつけている。まさに冒険のような気がします。僕にはできないな、本当にすごいなと思います」 ■「苦しいところで我慢している人たちが多すぎる」 ――取材を通して、失踪に対する考え方に変化はありましたか? 「失踪しやすくなったというか、もっと(失踪を)やってもいいんじゃないかなって思うようになりました。苦しいところで我慢している人たちが多すぎるんじゃないかなと」 その考えに至るきっかけの一つが、第6章に登場するカメラマン・酒井よし彦さんの言葉だった。 「彼は“バイトなんて100回ぐらいばっくれてきた”って言うんですよ。僕なんかそんなことしたことないなと思いながら聞いていましたけど、彼の言う“バイトばっくれたぐらいで死なない”みたいな気持ちって、すごく大事だと思うんです」 後ろ向きな逃避ではなく、生きるための前向きな選択。本書に登場する人々は、皆たくましく、自分の人生を生き抜いている。 「失踪したいと思う人と、実際にしちゃう人の差は、もう“少しの勇気”じゃないでしょうか。人の人生なんで、けっして無責任だとは思わなかったです。みんな、行った先でしっかり人間関係を作って生きている。そのこと自体がすごいことだと思います」 ――最後に、この本を読んだ人に、どんなことを感じてほしいですか? 「もう、“こんなに自由に逃げられるんだよ”ってことを伝えたいです。本当に今いる場所が辛ければ、すぐに逃げ出すことを考えてほしい。自殺とか、そっちの道を選ぶよりはずっといい。ただ、残された家族のことを考えると、やはり“探さないでください”と無事を伝える一筆だけは書き記しておくと良いと思います」 失踪は、残された家族を苦しめる行為でもある。しかし、それは命を絶つこととは全く違う、生きるための選択肢の一つなのかもしれない。 「逃げることでしか、次を拓けなかった人もいるんです。それは、数ある家族の形の一つなんだと思います」 本書に登場する逃げることを選んだ人々は、確かにそこにもう一つの人生を築いていた。この本は、現代を生きるすべての人に、“生き延びる力”を問いかける。

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