54歳の元タクシー運転手は黙ったまま諸徳寺聡子裁判長をじっと見つめていた。 検察官が起訴状を読み上げた後、諸徳寺裁判長が「間違ったところはありましたか」と確認したときのことだ。裁判長がさらに「いま、考えているのか、あるいは答えないということか」と問うと、ゆっくりと右手にいる弁護士のほうを向き、再び正面を見て、ボソッとひと言、「……考えてる」とつぶやいたのだった──。 自身が運転するタクシーに乗車した泥酔状態の女性客に睡眠薬を飲ませて抵抗できない状態にし、性的行為に及んだり、その状況を動画撮影するなどの犯行を繰り返していた元タクシー運転手の田中敏志(さとし)被告(54)。11月25日、不同意性交等に不同意わいせつ、性的姿態等撮影、住居侵入の4つの罪に問われている田中被告の第2回公判が、東京地裁で開かれた。 犯行が明らかになったきっかけは、’24年10月30日に田中被告が昏睡強盗で逮捕されたことだった。 「この件では田中被告は一度処分保留で釈放されましたが、捜査を継続していた警視庁は12月28日に自宅を捜索。複数の女性にわいせつな行為をしている動画や画像が約3000点保存されたUSBを押収しました。その画像を解析して被害者を特定したことで、’25年5月21日、酒に酔ったAさんに睡眠薬などを飲ませて昏睡状態にし、性的暴行を加えたとして、不同意性交等などの容疑で再逮捕にこぎつけたのです」(全国紙社会部記者) その後も逮捕と起訴を繰り返し、10月28日の初公判ではA~Cさんの3人の女性への犯行が審理された。さらにこの日の第2回公判では、検察官が読み上げた起訴状や冒頭陳述などから、さらに2人の女性に対する、田中被告のおぞましい犯行が明らかになったのだった。 ◆「心神喪失」で無罪を主張 「’24年2月下旬、交際相手と飲酒していたDさんは交際相手とともに被告人の運転するタクシーに乗車しました。その後、交際相手のみが降車し、Dさんのみを乗せてタクシーを走らせている間に睡眠薬を飲ませたのです。 そして、千葉県内や東京都内で停車したタクシー内において、Dさんが薬物等の影響で眠っていることに乗じて、被告人は性交などに及び、その様子をスマートフォンで動画撮影したり、体を写真撮影したりしました。また犯行の際に、Dさんの身分証などを写真撮影していました」(Dさんへの犯行) 「’24年9月初旬、東京都港区内の駐車場に停車中のタクシー内において、Eさんが薬物等の影響で眠っていることに乗じて性行為などに及び、その様子をスマートフォンで動画撮影したり、体を撮影したりしました。また犯行の際に、Eさんの身分証などを写真撮影しています」(Eさんへの犯行) 公判で弁護人は、DさんとEさんへの犯行について認否を留保している。しかし初公判では、A~Cさんに対する犯行について、このように無罪を主張していたのだ。 「公訴事実記載の行為については争いません。しかしながら、被告人は事件当時、心神喪失の状態にあり、刑法第39条1項(「心神喪失者の行為は罰しない」という規定)により、無罪であると主張します」 初公判での田中被告も、小さな声でボソボソと「わかりません」「覚えていません」とつぶやくように口にするだけだった。 捜査員が田中被告の自宅から押収したUSBには、’08年以降に撮影された約50人もの性的な画像が保存されていたという。また、田中被告は犯行に及ぶ際、被害者の身分証などを撮影していた。 これだけの数の犯行に及びながら、なぜ「覚えていない」を繰り返すのだろうか。何より、たびたび心神喪失の状態になるのに、タクシーの運転手として仕事に支障はなかったのか。 ◆田中被告が犯行前に行っていた“工作” 田中被告は半年~1年くらいの期間で、タクシー会社を転々としていたという。ある時期にいっしょに働いていたという元同僚は、このように印象を話した。 「(田中被告は)そんなに人付き合いはよくなかったので、営業所で顔を合わせるだけですが、事件を起こすような人には見えませんでした。真面目で物静かで、あまり話さない。そしてトラブルを起こすようなことはありませんでした。見た目はかわいらしい顔で、パッと見、ひと回り若く見えるんです。ちょっと神経質な面はあったかなとは思います」 一方で、田中被告が働いていたタクシー会社の関係者は、「(田中被告の逮捕後)何度も警察が来たりと、本当に大変でした」と顔をしかめ、こう振り返る。 「休むこともないし、コンスタントに出てきて、仕事ぶりは真面目でした。おかしいなと思うようになったのは、警察が『お客さんのお金を盗んだんじゃないか』と、何回か来るようになってからですね。たぶん、昨年10月に逮捕される前から来ていたと思うので、お金を盗む常習犯だったんじゃないでしょうか。 彼(田中被告)は売り上げがよかったんですよ。ただ、もしかすると、メーターを入れて走っている間のお金を、お客さんに払ってもらったんじゃなくて、睡眠薬を飲ませたお客さんから盗んだお金を売り上げにしていたんじゃないかと、後で思いました」 昨年10月30日に田中被告が逮捕された後、奇妙なことに気づいたという。 「女性客を乗せたときだけ、ドライブレコーダーに映ってない部分があったんです。お客さんが乗って、寝てるところくらいまでは映ってる、そしてお客さんを起こしてる姿や警察を呼んだりしているところもある。その間がない。本人(田中被告)が自分に都合の悪いところだけ、ドライブレコーダーを切っていたのです。 本来なら映らないわけがないし、こちらとしても部分的にドライブレコーダーを切るなんて思ってないから、最初は気づかなかったんです。こういうことは、本人が自分の意思でやらないとできないですよ」 犯行が記録されているはずのところだけ、周到にドライブレコーダーを切っていたことも、やはり「覚えていない」のだろうか。 白髪交じりの坊主頭に大きな丸メガネをかけた田中被告は、焦点の合っていないような目つきで法廷を見つめ、時折、緩慢な動きで傍聴席に目を向けていた。 今後も、田中被告の供述がないまま公判が続くとみられるなかで、どこまで真相が明らかになるのだろうか。 ※「FRIDAYデジタル」では、皆様からの情報提供・タレコミをお待ちしています。下記の情報提供フォームまたは公式Xまで情報をお寄せ下さい。 情報提供フォーム:https://friday.kodansha.co.jp/tips 公式X:https://x.com/FRIDAY_twit 取材・文・写真:中平良