アメリカのトランプ大統領に対する3度目の暗殺未遂は、ホワイトハウス記者協会夕食会の会場で起きた。私はフジテレビのワシントン支局特派員として夕食会に参加し、実際に銃声を耳にし、テーブルの下に身を潜め、命の危機を感じる事となった。 アメリカ中部ネブラスカ州の高校に留学し、南部アーカンソー州の大学を卒業した筆者は、これまでにも銃撃事件に遭遇したことがあったが、今回の夕食会場で起きた事ほどの危機的状況に直面したことはなかった。 この国では常に「死」と隣り合わせの銃社会で生きていること、そして止むことのない政治活動への暴力をあらためて目の当たりにした。 ◆ベッセント財務長官と会話も 4月25日(土)午後6時、夕食会が行われるホテル近くにタクシーで近づくと、周辺では多くの警察車両が停まっていたほか、規制線が引かれ厳重な警備体制が敷かれていた。 ホテル前まで歩くと、建物に入るまでに少なくとも2カ所で夕食会のチケットの提示が求められ、ホテル内でも複数の場所でチケットの提示が求められた。 チケットは手のひらに収まるほどの紙1枚に、それぞれの出席者に指定されたテーブル番号が書かれたシンプルなものだ。 ホテル内の宴会場前ではセキュリティゲートを通過後、金属探知機をくぐり、荷物検査が行われた。 2600人を収容出来る広々とした宴会場には、イランへの軍事作戦を担うヘグセス国防長官などトランプ政権の閣僚らの姿もあった。 夕食会が始まる午後8時までは宴会場内を自由に歩きまわることができ、出席した記者たちが閣僚たちのテーブルに出向き、会話する姿も見られ、和やかな雰囲気だった。 実際に私もベッセント財務長官の席まで行って話しかけると、長官は気さくに写真撮影に応じてくれた。宴会場に入ってしまえばセキュリティーチェックは皆無だった。 午後8時15分頃、トランプ大統領が登場し、盛大な音楽とともにオープニングセレモニーが始まった。ホワイトハウス記者協会を代表し、CBSニュースの女性記者が冒頭挨拶をして、 夕食会が始まった。 私は米ニュースサイト「デイリー・ビースト」の記者らとテーブルを囲み、初対面の記者たちと挨拶などをしながら前菜に手をつけ始めた。 事件はそれから15分も経たないうちにおきた。 ◆「GET DOWN!(伏せろ!)」 午後8時半ごろ、私の後方にあった出入り口ドアから「パン、パン、パン、パン」と4回大きな音が鳴り響いた。 思わずドアの方に目を向けると、その瞬間、誰が言ったのか分からなかったが男性の声で「GET DOWN!(伏せろ!)」と怒鳴り声が聞こえ、会場から悲鳴が上がるのと同時に、全員が一斉に床に伏せた。 私はテーブルの下で頭を抱えながら床に身を伏せた。 その後の数分間、会場は無音と言ってよいほどの静けさで、伏せている出席者の呼吸すら聞こえないほど不気味な静寂さに包まれた。まさに会場中の人々が息を殺して固唾を飲んでいたと言っていい。 ◆「死ぬかもしれない」絶望と恐怖 伏せている間に自分の頭をよぎったのは「銃を持った何者かが会場に乱入し、乱射が始まるのか」ということだった。 そして「死ぬかもしれない」という絶望感と恐怖に包まれると同時に、誰かもわからない銃を持った人物に対し、自分を含めた出席者はあまりにも無防備で、ただ床に身を伏せることしかできないという無力感を覚えた。 何分が経ったのだろうか。安全とわかり、会場内で身を伏せていた人たちが立ち上がり始めた。 ステージに目をむけるとトランプ大統領の姿はすでに無かった。 ◆「神に祈っていた。殺されなくて良かった」 床には出席者のコートや、テーブルにあったナプキンなどが散乱し、出席者がパニック状態でなりふり構わず身を伏せたことを表していた。 逮捕された男が確保されたのは、地下の宴会場フロアへ続く大階段の1階上だったが、ショットガンと拳銃を持った男が、そのまま階段を駆け下りドアから宴会場に乱入していたらと考えると背筋が凍る。 同じテーブルで食事をしていたコロンビア出身の男性記者は憔悴しきった様子で、「もうダメかと思った」とつぶやいた。アメリカ人の女性記者は「ずっと神に祈っていた。殺されなくて良かった」と語った。 ◆銃大国アメリカ 私がアメリカで銃撃事件に遭遇するのはこれで2度目だった。 2008年10月26日、私が当時通っていたアーカンソーの州立大学で、キャンパスに車で乗り込んできた男に学生2人が射殺された。 事件が起きたのは私の寮の近くで、発生当時、大学内の施設や寮すべてが封鎖され、出入りが一切できない状態になった。 犯人が確保されたのかわからない状況が長時間続き、私は寮の部屋で恐怖に身を潜めていた。 アメリカでは合衆国憲法修正第2条で「人民が武器を保持し携帯する権利は、これを侵害してはならない」と定められている。国内には約4億丁の銃が流通しているとされ、平均すれば 国民1人が銃1丁以上を所持していることになる。 ◆止まぬ政治活動への暴力 2025年9月、西部ユタ州でトランプ大統領を支持する保守活動家チャーリー・カーク氏がイベント中に銃撃され殺害された。 カーク氏はトランスジェンダーの権利に反対し、女性が男性の服を着ること、あるいは男性が女性の服を着ることは「忌まわしい」などと発言していたほか、性別適合医療を行う医師をナチスに例えていた。 さらに、殺害される直前にカーク氏は会場で、「過去10年間で、トランスジェンダーのアメリカ人が銃乱射事件を起こした人数」を問われ、「多すぎる」と答えていたが、ファクトチェックを行う非営利団体によると、実際には0.2%未満だ(2018年〜2025年までの事件)。 この事件で起訴された男の母親は、息子が「同性愛者やトランスジェンダーの権利擁護に傾倒していた」と明らかにしている。 ◆「道徳観念のかけらもない」 トランプ大統領はこれまでにも過激な発言を繰り返してきた。 2015年6月16日大統領選への出馬表明の際には、メキシコからの移民を「強姦犯」と表現した。 これを受け、老舗百貨店「メイシーズ」などは「失望し、心を痛めている」と声明を出し、トランプ大統領との提携を解消した。 2026年1月、FRB=連邦準備制度理事会のパウエル議長を「無能か不正のどちらか」と繰り返し侮辱し、2026年3月にFBI=連邦捜査局のロバート・モラー元長官が亡くなった際には、「よかった、死んでうれしい」と、その死を喜ぶかのようなコメントを投稿した。 この投稿を受け、共和党全国委員長だったマイケル・スティール氏が「道徳観念のかけらもない」と批判し、各方面から非難が相次いだ。 2026年2月には、オバマ元大統領夫妻を類人猿にみたてた動画をSNSに投稿し、「黒人差別だ」との批判を受け削除した。 ホワイトハウス記者会の夕食会を襲った男は、「イラン文明が滅びる」と投稿したトランプ大統領の弾劾を求める投稿をSNSで共有していたとみられ、ロイター通信は対イラン軍事作戦への不満が動機の一つだとする国土安全保障省の分析を報じた。 ◆揺らぐアメリカの民主主義 前述したカーク氏殺害直後のロイター通信などによる世論調査では、政治問題についての発言内容が暴力を「大きく」助長しているとの回答はおよそ6割にのぼり、過激な政治的発言が暴力を引き起こしているとの懸念が高まっている。 ニューヨーク・タイムズはシカゴ大学のロバート・ペイプ教授の話として「トランプ大統領が 就任した2017年から、連邦議員への脅迫は5倍に増えた」と伝えているほか、米公共放送PBSなどの世論調査(2025年)では、「アメリカを正常に戻す」ためには「暴力も必要」と答えた人が1年半で19%から30%に上昇したとしている。 トランプ大統領は国民から支持を集めるために、従来の政治家から聞いたことがないような過激な発言を繰り返してきた。しかし、その自らの発言によって切り捨てられた人々の間で強烈な反感を生み出し、テロを試みようとする者さえ現れ始めている。 いかなる理由があろうと暴力は決して許されない。健全な民主主義であるならば、トランプ大統領に選挙でノーを突きつけるべきだ。万一、トランプ大統領がテロの凶弾によって倒れるようなことがあり、暴力が否応なく社会の現状を変更してしまうような事態を許せば、アメリカの民主主義は立ち直れないほどの大きなダメージを負うことになるだろう。 アメリカは建国250周年を迎える今年、政治活動への暴力から民主主義を守り抜けるのか、大きな試練に直面している。