開かれた新聞委員会2026第2回座談会 ①国論二分政策②SNSと事件

毎日新聞の第三者機関「開かれた新聞委員会」の2026年第2回の座談会が開かれました。高市早苗政権が進めようとしている政策の問題点や課題を読者に提示できているか、事件・事故を巡ってSNS空間で真偽不明の情報が飛び交う中、適切に報道できているかの二つのテーマについて、4人の委員の意見を聞きました。【司会は石丸整・開かれた新聞委員会事務局長、写真は西夏生】(座談会は7月3日開催。紙面は東京本社最終版を基にしました) ◇テーマ①国論二分政策 ◇政権の正統性 調査を 武田徹委員 高山祐・政治部長 「国論を二分する政策」が法案となって多数提出されましたが、国会審議が不十分なままでした。高市首相の公設第1秘書らによる自民党総裁選などでの中傷動画作成疑惑をはじめ、数々の国会対応に関して、国民ときちんと向き合っていないと、野党は批判してきました。首相がそれに応えようとしなかったことが、今国会の混乱を招いた最大の要因です。 国旗損壊処罰法や改正皇室典範、さらには5月末に成立した国家情報会議設置法によるこの先のインテリジェンス改革を含めて、「国論を二分する政策」を引き続き詳しく報じたいと思います。 武田徹委員 そもそもの前提として中傷動画疑惑などに揺れる高市政権に正統性があるのかどうかを徹底的に調査、検証しなければいけない。ジャーナリズムは代議制民主主義において国民の知る権利に応える責務を担ってきた。代議制民主主義自体が正統性を持っていなければ、ジャーナリズムの役割は根底から崩されてしまう。 いかに国論を二分するような議論をしようとも、政権の出発点が間違っていたのなら、歴史に大きな汚点を残すことになる。 その確認をした上で、まず改正皇室典範に関しては、「象徴天皇制とは何か」という原理原則との接続関係が見えなかった点が気になる。 急ぐ事情もあるのだろうが、じっくり議論すべきテーマでもある。ゆっくり急ぐべきことを訴えるような記事が読みたかった。 国旗損壊処罰法の報道を巡っては、「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」で美術家・大浦信行さんの、天皇の写真が燃えるシーンがある映像作品が19年、「反日」「不敬」と攻撃されたことに触れた記事を見かけなかった。表現の自由とどう関わるかを議論せずに、曖昧なまま成立させてしまえば、法を恣意(しい)的に解釈し、自分の気に入らない表現に対して集団的に威力妨害をかける動きを改めて導かないか気になる。 国家情報会議設置法については、権力の監視が存在価値である報道機関であるのに、自らの存在価値を脅かす方向に進んでいることの危機感が薄く、「それは必要ない」という主張が少なかった。公務員が守秘義務を課されるのに対し、報道は公益性のためとあらばその秘密を暴く仕事でもあることを再確認すべきだ。これは自分たちの問題だと捉える姿勢がほしい。 国家情報会議設置法の次の段階として、「シギント」と呼ばれる通信傍受の強化やスパイ防止策など関連法制の整備が検討されるという記事が5月28日朝刊「クローズアップ」で掲載された。シギントの主な対象はデジタル情報なので暗号化されている。デジタル暗号は「暗号化する側」の方が「解読する側」よりも圧倒的に優位だ。結局、暗号化したキーが提供されない限り、現実的には解読できないことになる。となると、通信を担っている民間会社に暗号キーの提供を依頼しないといけない。通信の秘匿を守りつつ、そうした特例的運用ができるものなのか。技術的なリアリティーを持った上で、通信傍受のあり方を広く議論してほしい。 治部れんげ委員 高市政権が「国論を二分する政策」を強引に進めていることについて、きちんと報道していると思う。例えば、西田昌司参院議員の国旗損壊処罰法案インタビュー(5月8日朝刊)は読み応えがあった。西田氏はひめゆりの塔を巡る発言が物議を醸したが、あの記事では「刑罰で対処は薄っぺらい」と批判的に述べていた。正当な保守的な主張だろう。6月30日の衆院本会議での採決を前に、岩屋毅議員が退席した写真もよかった。報道写真は重要な批評性を持っていると感じた。というのも、席を立つ岩屋氏を眺める周囲の議員の表情を撮っていて、その一枚の写真で今起きている政治の状況を端的に映し出したと思ったからだ。 憲法改正についての報道では、右派を自任しつつ他の立場との対話を重視するライターの梶原麻衣子さん、反貧困や子ども食堂の取り組みで知られる社会活動家の湯浅誠さんが対談した4月30日朝刊、5月1日朝刊で掲載された「論点」はよかった。梶原さんの話に説得力があり、かつ湯浅さんが上手に受け止めて話をしていた。建設的な議論になっていたと思う。上下2回で長く書いていて、読み応えがあった。 改正皇室典範については国論が二分されてはいないのではないか。各社世論調査を見ると、大多数の国民は女性天皇を容認しているようだ。改正法が自民党などの一部による極端な主張だとはっきり分かる状況だ。「愛子さまが天皇になったら、結婚する人もいない」という中曽根弘文・党憲法改正実現本部長の発言を伝えた6月29日朝刊の記事は、日本の男尊女卑的な考え方が表れているが、そういう発言をしてもいいという状況に国会があるということも見て取れた。 一方では円安が進み、国民生活が苦しくなっている。高市政権の経済政策について、もっと突っ込んで書いてほしい。もう一つ、国政の状況が地方の選挙にどういう影響を与えるのか、そして地方の選挙の状況が今後の国政にどう影響してくるかについても、しっかりと分析してほしい。 赤間清広・経済部長 高市政権の経済政策は一貫性がなく、国民受けが良さそうなことを具体策を示さずにアピールする場面が目立ちます。消費税減税も、なぜ必要か踏み込んだ議論がされていません。今後も根拠を示しながら、批判を込めて記事を出していきたいと思います。 ◇憲法の問題 意識持って 小町谷育子委員 小町谷育子委員 「国論を二分する政策」と言うなら、憲法の問題だとの意識を持ってほしい。一つは、表現の自由を享受している報道機関として、国旗損壊処罰法の報道の量があまりに少ない。国旗損壊処罰法は表現の自由に関わると考えるべきだ。 参考になる事例として「あいちトリエンナーレ」がある。1986年の富山県立近代美術館を舞台にした事件から始まっている。昭和天皇をモチーフにしたコラージュ作品について、作品廃棄を求める右翼団体の運動などが活発化する中、美術館が作品を非公開にし、図録を焼いてしまった。これは裁判で争われ、作家ら原告敗訴の判決が確定している。読者に伝えるために、こうした具体的な事例を示してほしい。国旗を燃やしたらどうなるのか、政策に反対するために国旗に×を付けてデモをした場合はどうかなど、事例はいくらでも考えられる。 もう一つは改正皇室典範を巡る報道だ。これは皇族という特別な身分の人の問題だ。特別な身分の人に14条(法の下の平等)と違う扱いをすることを憲法自体が認めている。私は必ずしも14条の問題だと思っていない。ただ、5月16日朝刊2面「焦点」の記事は、男系の血を引くことを理由として皇族の身分とすることは憲法学者から「憲法上の疑義がある」と書いているが、どの憲法学者が述べているのか記述がない。憲法上の疑義というのも、14条なのか、それとも1条(天皇の地位と主権在民)の問題なのかも不明だ。 一連の報道では「立法府の総意」という言葉が使われている。全ての政党が賛成するのが望ましいとはいえ、憲法2条(皇位の世襲)に「国会の議決した皇室典範」とある。国民の代表たる国会の議決によって国民の総意という形式は一応整うことになる。政治の動静報道も大事だが、憲法14条に照らして国民の象徴としては男女平等であるべきだということなら、そういう記事を書いてほしい。 西田亮介委員 首相陣営の中傷動画作成疑惑について言うと、高市政権の正統性を支えている部分に異議があり、週刊誌と共同通信が中心になって報じているというのが現状だろう。ところが、それがうまくいっていない。だとすると、各社が同じ対象を追いかけていくことも大事なのではないか。事象の深掘りができたり、さまざまな課題が出てきたりするはずだ。また、記事は中傷動画作成疑惑と書いているが、これまでの報道の通りならば、法的な意味合いでの誹謗(ひぼう)中傷性を帯びているかどうかは議論の余地がありえる。実際にはネガティブキャンペーンのようなもので、政治倫理の問題だとも言える。そこは新聞は掘りようがあると言っておきたい。 国論を二分するテーマが多々あるとなれば解説記事が重要だ。毎日新聞は総合的に見れば解説が多くて分かりやすい印象だ。ただし、ニュースサイトでは、解説記事はペイウオール(有料会員しか全文を閲覧できない仕組み)の中に入っているのが基本だ。その姿勢が公益に資すると言えるのかは議論の余地がある。多くの人が解説を読んで判断の指針にするという面があり、解説はペイウオールの外に出す方がいいのではないか。 インターネット動画の言説に対する目配りはどうだろうか。選挙における出口調査では「投票の参考にしている」という声もあるようだ。ネット動画の全体像がどうなっているのか、私も含めてよく分からない状況だ。分析方法が定まっているものではなく、難しいとは思うが、ネット動画の世界の全体像を明らかにするのは大事なことだという印象を持っている。高市陣営のネガティブキャンペーン動画作成疑惑とも関係してくるだろう。可能であればネット動画の全体像を明らかにする取材にも取り組んでもらいたい。 また、メディア全体で(情報やデータなどを視覚的に表現する)インフォグラフィックやAI(人工知能)を使ってビジュアル化するものが増えている中で、昔ながらの新聞の図解、図表を再考するタイミングではないだろうか。 社会保障国民会議では消費税減税のあり方が議論されている。新聞は食料品と同じく軽減税率が適用されているので、今回も新聞の税率を引き下げるべきかどうかを読者に示す必要があるのではないか。 川上晃弘・東京社会部長 首相の中傷動画疑惑については、民主主義の根幹に関わる問題だと認識し取材を継続しています。 藤田剛・大阪社会部長 高市内閣はどんな権力構造になっているのか。公設第1秘書がどんな形で高市氏を支えてきたのか。その裏にあるお金の流れなどを含めて明らかにしていくことが必要だと思っています。 ◇テーマ②SNSと事件 ◇不信招かぬ報道も必要 西田亮介委員 川上東京社会部長 3月の沖縄・辺野古の転覆事故や、京都府南丹市の男児殺害事件、5月の阿部慎之助・前巨人監督逮捕などは、SNSがもう一つの現場になった点で似通っています。いずれも真偽不明の情報が拡散し中傷によって当事者にも影響が及びました。 阿部前監督の事件では、長女が生成AIに相談して児童相談所へ通報したことも注目されました。無関係な人物が長女としてSNS上で拡散される2次被害も発生しました。事実確認を徹底しながら、情報空間自体を取材対象と捉える姿勢が重要だと考えています。 西田委員 良くも悪くも新聞社は、政治的な配慮や圧力を受けたわけではなく、これまで通りの報道をしたのではないか。一方でネットを含め、陰謀論的な疑問を持つ人は多く、新聞・テレビを中心とするマスメディア不信につながっている印象だ。不信を招かないように報道することも、SNS時代の新聞社に求められている。記者の数が減っている中で、手厚い報道や独自取材が難しくなっている面はないだろうか。 辺野古の事故で文部科学省が、同志社国際高校の平和学習について教育基本法に反するとした調査結果は、見解を公表したもので行政処分ではない。学校側に自主的な改善を促しているものだ。学校が過去の通知に違反する中で、文科省がどうすればよかったのかという提示がないまま、「平和教育の萎縮を招きかねない」と報じるのはステレオタイプだ。従来の平和教育やシティズンシップ教育を普通にやっていれば教育基本法違反にはならないから、萎縮しなくていいんだと、応援するような記事があってもいい。 坂口雄亮・西部社会部長 文科省が教育基本法に基づいて学校に対してアプローチするのは、戦後の文教行政の中では極めて異例です。「萎縮しなくていい」というメッセージを込めてもよかったという指摘は、その通りだと思いました。 小町谷委員 南丹市の事件は、SNS上で犯人捜しをする「一億総探偵」状態に不快感を覚えた。5月14日朝刊で問題点や誤情報について専門家の意見を交えたファクトチェックの記事が掲載され、これに尽きるという印象だ。辺野古の事故では、遺族が投稿サイト「note」で発信した背景に誤情報の問題があった。元文科官僚が5月23日朝刊「ミニ論点」で、高校の学習内容は偏っていた、と指摘した点は注目した。捜査が進むと、高校や抗議船の運航団体ら当事者は自分に不利なことは言わなくなるので、その前に直接取材をしてほしかった。今後どのように波及するのか、継続的な報道をしてほしい。 阿部前監督の問題についてだが、10代の女性がチャットGPTを悩み相談に使っていることが多いという記事があり、興味深かった。しかし、教育現場の対応や子どもの悩み相談がAIで代替できるはずはない。現代社会でAIを使うことは欠かせなくなっているので、欠点だけを言うことはできないが、AIには誤りがあるということを、丁寧に分かりやすく伝えてほしい。 藤田大阪社会部長 南丹市の事件は、捜査が継続中で事実と虚偽の判別が難しく、なかなかファクトチェックの記事掲載に踏み切れませんでした。メディア不信がある中、通常の事件報道と並行して、こうした記事もできるだけ早く出さなければならないと改めて思いました。 ◇定型を脱し検証して 治部れんげ委員 治部委員 毎日新聞は抑制的な報道をしていると思うが、南丹市の事件では、被害男児の顔写真が、特にテレビで長い間さらされるように出ていた。阿部前監督の事件で重要なのは長女のその後なので、取材でフォローしてほしい。 辺野古の事故について、平和学習が大事だということは、亡くなった女子生徒と同世代の子を持つ保護者としても実感している。私の子どもも平和学習で沖縄へ行ったが、学校に聞くと下見は当然しており、生徒がグループに分かれて行動する時は引率の教員が複数付くと言っていた。それが普通のオペレーションではないか。 一連の報道で、新聞社は定型にとどまる印象だ。特に文科省の調査結果が掲載された5月23日朝刊は、1面で調査結果、3面に解説、社会面に世間の不安の声――という、よくできた紙面ではある。しかし、学校の安全管理に関する批判的な検証がないためにSNSが荒れ、遺族が「note」に投稿する状況を生むのではないか。毎日新聞のようなメディアが検証し安全の見地から批判することで、まっとうな平和学習が継続できると思う。 武田委員 SNS上のデマに関しては、清水幾太郎が37年に書いた「流言蜚語(ひご)」の通りだと思う。AとCというファクトの間にBがあれば、「AがあってCが起きた」と合理的に説明できるが、Bが報道できない時に流言が発生する構図がある、という説明だ。SNSがBを埋めても、デマだったら報道で否定できる。しかし情報量が増え、報道がBを埋めても間に穴ができ、そこに流言が発生し、また報道が埋める――というサイクルが加速している。互いに論理の穴を埋めるむなしい繰り返しから脱する知恵を育むべき時期だろう。 辺野古の事故については、文科省が動いたら教育現場を過剰に萎縮させかねない。真相究明と同時に、私学助成金の制度のあり方や運用法にも注意を向けさせる、「引いて見る」立場で記事づくりをすることも考えた方がいいのではないか。さまざまな要素が絡み合っているので、解説でほどいていくことも必要だ。 ◇市民感覚研ぎ澄まし 主筆・福島良典 国民の「知る権利」への影響が懸念される国家情報会議設置法や、「表現の自由」に関わる国旗損壊罪の法律――。高市早苗政権が数の力を頼んで進める政策に対して、「自分ごと」としての取り組みが必要だとのご指摘をいただきました。情報が氾濫するデジタル時代にあって、権力に対する監視機能を果たすには、単なる事実だけでなく、事実の意味付けや、歴史的な視座を示すことが新聞には求められています。これまで以上に市民としての感覚を研ぎ澄まし、問題点を指摘する継続的な報道を心がけます。 ◇解明前 何を伝えるか 編集局長・古本陽荘 ネット空間を虚偽情報が飛び交うようになり、事実を正確に伝えることが報道機関の役割であると強く意識して取材を続けてきました。その考え方は正しいと思っています。しかし、実際には事実かどうかを確認するのが極めて困難な場合があります。確認に時間を要することも少なくありません。ご指摘いただいたように、何も報じないまま時間がたつと、読者からは毎日新聞は何もしていないようにみえることがあるかもしれません。事実が解明される前であっても、何をどう伝えられるか真剣に考えたいと思います。 ============================ ■座談会出席者 小町谷育子委員 弁護士 治部れんげ委員 東京科学大准教授・ジャーナリスト 武田徹委員 専修大教授・評論家 西田亮介委員 日本大教授・東京科学大特任教授 ■毎日新聞社側の出席者 福島良典・主筆 古本陽荘・編集局長 高山祐・政治部長 赤間清広・経済部長 川上晃弘・東京社会部長 藤田剛・大阪社会部長 坂口雄亮・西部社会部長 ■開かれた新聞委員会とは 2000年に発足した毎日新聞の第三者機関です。①報道された当事者からの人権侵害などの苦情に基づき、取材や報道内容、その後の対応をチェックし、見解を示し、読者に開示する②委員が報道に問題があると考えた場合、読者や当事者からの苦情の有無にかかわらず、意見を表明する③これからのメディアのあり方を展望しながらより良い報道を目指して提言する――の三つの役割を担っています。毎日新聞の記事だけでなく、毎日新聞ニュースサイトなどデジタル報道も対象です。報道による人権侵害の苦情や意見などは、開かれた新聞委員会事務局(メール[email protected])でも受け付けます。

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