◇コラム「田所龍一の『虎カルテ』」 今年2月3日に阪神の吉田義男元監督が91歳で亡くなり、3月25日には阪神、阪急で活躍し、プロ野球通算350勝を挙げた米田哲也元投手(87)が、尼崎市の自宅近くのスーパーで缶酎ハイ2本を盗んだとして兵庫県警に現行犯逮捕。後日、略式起訴されて20万円の罰金を支払った。そして4月18日にはプロ野球歴代3位の320勝をマークした大投手・小山正明氏が90歳で亡くなった。 阪神の周りには悲しい話題ばかりが続いた。そんな中、うれしい話題が1つ。胸の調子が悪くなり入院治療を続けていた岡田彰布前監督(68=球団オーナー付顧問)が4月27日、甲子園球場で行われた巨人戦で野球解説者として復帰したことである。 22日に退院したばかりで、まだ体調万全とはいかないものの、スタンドの放送席に姿を見せるとファンから大きな歓声が起こった。虎番記者たちにとっても待ちに待った岡田解説。記者席のテレビモニターに録音機を取り付け一言一句を録音。もちろん筆者もスコアブックに言葉を書き込んだ。 岡田解説がなぜ面白いのか―は以前、この欄で紹介した通り「監督目線」での解説だから。そして、ときどきベンチでの采配の裏側を《暴露》してくれるからだ。例えばアナウンサーが「岡田さんが監督時代、走者が二塁にいるときに左打者は引っ張り、右打者は右方向へ打って、よく走者を三塁に進めていましたよね?」と聞く。すると岡田氏は―。 「アレはベンチから引っ張れ、流せ―とサイン出しているからよ。そんなん、いまの子はベンチから言わなやらんて。どうしても、キレイにヒット打ちたいと思ってしまうんやろね。だからベンチから『アウトになってもええからやれ!』と指示を出してやるんよ」 こんなことまで言ってくれる解説者はいない。だから岡田氏の解説は面白く、相手チームの担当記者も耳を傾ける。 そんな岡田解説の中で筆者の心に一番印象深く残っている言葉が《分からないように負ける》である。岡田氏の解説は面白いが難しい。それがこの言葉だ。 「明日のゲームに負担がかからんように負けるというというのかなぁ。ペナントレース143試合全部は勝たれへんのやから、明日のゲームに勝つための負けにする―ということやね」 「明日のゲームに負担のかからない負け」とは、《連敗》を避ける試合運びのことを言っているのだろうか…。いやはや難解な言葉だ。というのも記録を調べると、85勝53敗5分けの成績でリーグ優勝を果たし、球団2度目の「日本一」に輝いた2023年シーズン、岡田阪神の連敗は15回ある。内訳は2連敗が10回、3連敗が4回、4連敗はなく5連敗が1回。けっこう「明日のゲーム」に負担をかけている。ちなみに球団初の「日本一」になった1985年(昭和60年)の吉田阪神は6連敗が2回あるものの、2連敗は3回、3連敗が2回、4連敗が1回-計8回の連敗しかない。結局、岡田氏のいう『分からないように負ける』の真意は、現時点では「よく分からない」のである。 「オレはマイナス思考で試合をやってたよ。0勝143敗からのスタート。試合では常に《打たない》《打たれる》ことを想定して負けの準備をして試合に臨んでいた。だからどんな負の状況になっても慌てない。心の準備ができていたからね。打て、抑えろ―とは絶対に考えない。あぁ打ちよった、抑えよった―の積み重ねで80勝したら優勝やん」と岡田顧問は簡単に言う。 5月4日時点で藤川阪神は16勝13敗1分けの2位。2連敗が2回、3連敗、4連敗が1回づつ。ある球団OBは4日のヤクルト戦の負け(2-5)をこう分析した。 「故障者続出のいまのヤクルトの戦力と阪神の戦力を比べれば、3連勝しなければいけない3連戦だった。2勝1敗でよし―とするのは、五分の戦力で戦ったときだけ。ペナントレースの後半になって、こういう1敗は響いてくる」 岡田顧問のいう「明日のゲームに負担のかからない負け」になったのだろうか。3回目の2連敗になってしまうのか否か。5日から東京ドームで巨人との《首位決戦》である。 ▼田所龍一(たどころ・りゅういち) 1956(昭和31)年3月6日生まれ、大阪府池田市出身の69歳。大阪芸術大学芸術学部文芸学科卒。79年にサンケイスポーツ入社。同年12月から虎番記者に。85年の「日本一」など10年にわたって担当。その後、産経新聞社運動部長、京都、中部総局長など歴任。産経新聞夕刊で『虎番疾風録』『勇者の物語』『小林繁伝』を執筆。