邦人も犠牲となった2008年ムンバイ同時多発テロ以来の大規模テロに直面したインドの今後の動向を考える。【和田大樹】 ウクライナや中東で紛争が続く中、今後は南アジアで緊張が高まっている。4月下旬、インド北部ジャム・カシミール準州のパハルガム近郊で、外国人を含む観光客を標的とした銃撃テロが発生し、ヒンドゥー教徒の観光客など26人を殺害された。 実行したのはパキスタンの過激派組織とされ、外務省などの情報によると、パキスタンを拠点とするイスラム過激派ラシュカレ・タイバの分派組織とみられる「抵抗戦線(TRF)」が関与したというが、実行組織のベールが明らかにされることはない可能性が非常に高い。 それ以降、パキスタン政府が絡む国家テロと位置付けるインドは、パキスタン領内への攻撃を強化するなど、両国の間では軍事的な緊張が高まっている。国際社会は、核保有国同士の緊張に冷静を保つよう両国に促している。 【断続的に続くインド国内でのテロ】 犠牲者数がここまで増えたテロ事件は、インドでは2008年のムンバイ同時多発テロ以来となるが、インドでは断続的にテロ事件が発生している。 21世紀以降でも、 ・2005年のニューデリー連続爆破事件(死者59人、負傷者210人) ・2006年のムンバイ列車爆破事件(死者200人、負傷者714人) ・2008年のムンバイ同時多発テロ(死者165人、負傷者304人) ・2008年のデリー連続爆破事件(死者24人、負傷者97人) ・2008年のグジャラート州爆破事件(死者29人、負傷者100人以上) ・2010年のプネ市レストラン爆破事件(死者17人、負傷者55人) ・2011年のムンバイ市場爆破事件(死者18人、負傷者130人以上) ・2011年のニューデリー裁判所前爆破事件(死者11人、負傷者76人) ・2013年のハイデラバード爆破事件(死者13人、負傷者83人) ・2014年のチェンナイ中央駅爆破事件(死者1人、負傷者14人)など、 イスラム過激派などによるテロが繰り返し発生している。 特に2008年のムンバイ同時多発テロでは日本人も犠牲となった。 近年は大きなテロは起こっていないが、常に潜在的リスクが内在する。 そして、近年では大規模なテロは幸いにも報告されていないが、潜在的なリスクは常にあるのが現状だ。例えば、インド当局は、2023年1月26日の共和国記念日に際し、ニューデリーからパンジャーブ州に至る複数の都市で大規模なテロ攻撃の可能性があるとして、市民に警戒を呼び掛けた。 インド当局によると、パキスタンを拠点とするイスラム過激派が、インド国内に潜伏する工作員を動員し、即席爆発装置(IED)を用いた同時多発テロを企てている恐れがあったという。 また、同年9月にインドで開催されたG20サミットもテロの標的となる可能性が指摘され、実際、開催が近づくにつれて国内の警備体制が一層強化された。 2022年には、8月15日の独立記念日を目前に控え、インド当局がニューデリーを含む地域で、テロリストがドローンやIEDを活用した攻撃を計画しているとして警告を発した。 また、同年1月26日の共和国記念日を前に、首相や閣僚が出席する式典を狙い、パキスタン系のイスラム過激派組織ラシュカレタイバやジェイシュモハメドによるテロの脅威があるとして、市民に注意を呼びかける。 さらに、2021年10月には西部グジャラート州アーメダバードで地元警察がテロ警戒情報を発出されたが、インド当局は2021年夏にアフガニスタンでタリバンが政権を奪還して以降、アルカイダやイスラム国系組織、パキスタン系過激派の活動が活発化し、アフガニスタンがテロの拠点となり、その影響がインドに波及することへの懸念を抱いている。 一方、警戒情報発出だけでなく、実際の摘発ケースも明らかになっている。例えば、2021年3月、インド当局はニューデリーおよび南部ケララ州、カルナータカ州で、イスラム国関連組織の一斉摘発を実施した。 逮捕者の詳細は公表されていないが、2015年から2019年にかけて、ケララ州からだけでも50人以上がイスラム国の活動に参加するため国外に渡ったとされる。 2020年8月には、独立記念日を標的にしたテロを計画していたイスラム国支持者がニューデリーで逮捕され、その自宅から大量の爆発物が押収された事例も明らかになっている。 【今後の動向】 今日、4月のカシミールでの民間人を標的としたテロにより、インドとパキスタンの間では軍事的な緊張が高まっており、それは多くのメディアが報じているところだ。しかし、テロリズムの観点から懸念されることはメディアでは報道されていない。 テロリズムの観点から懸念されるのは、今回のテロ事件がイスラム過激派関連ということで、インド当局が国内のムスリムコミュニティへの監視や圧力をいっそう強化。 過剰な取り締まりや摘発の結果、インド国内で多数派ヒンズーと少数派ムスリムとの間で不和や亀裂が深まり、それをチャンスと捉える国外のイスラム過激派がSNSなどでリクルート活動を強化し、インド国内から自発テロリストが増えることである。 無論、過剰な懸念が広がるほどインド当局も圧力を強化しやすくなるので、冷静に脅威を捉える必要があるが、インド国内のテロ情勢の今後にも配慮が必要だろう。