田代まさし ロングインタビュー2025 【前編】「俺、長生きするとは思ってなかった」――69歳の現在と“健康”との向き合い方

8月31日で69歳を迎えた田代まさし。波乱の人生を歩んできた彼は今、音楽活動に再び情熱を注いでいる。2022年の出所後、原点とも言える“ドゥーワップ”を軸にしたライブイベント『ドゥーワップ・カーニバル』を主催。これは田代にとって、単なる復帰ではなく、自らのルーツへの回帰であり、新たな挑戦でもある。糖尿病と闘いながら健康と向き合い、かつての仲間たちと再び音楽を奏でる日々。インスリン治療のエピソードや、収監中にラジオから流れてきた音楽に救われた話など、「音楽があったから生きられた」と語る田代の言葉は、笑いも交えつつリアルで力強い。前編では、現在の暮らしと音楽活動への思いを語ってもらった。 ■音楽があったからヤクザにならずに済んだ ――8月31日で69歳を迎えました。70歳が見えてきた今、どんな心境でしょうか。 そんなに長く生きると思ってなかったよ。若い頃は、「別に死んでもいいや」って思ってたくらいだから。喧嘩して死んでもいいとか、そんな感じだった。でも、この歳になって、ようやく「健康に気をつけなきゃな」って思うようになってきた。不思議だよね。昔は命を粗末に扱ってたのに、今は「健康、健康」って(笑)。 ――健康状態はいかがですか? 実はね、糖尿病の数値が高くて。収監が決まってからどんどん悪化して、刑務所に入るのも遅れたくらい。インスリンを打ちながらの生活で、刑務所の中でもずっと注射してた。健康第一だから、そこはしっかり対応してくれてたよ。 ――今もインスリン治療は続けてるんですか? 3ヶ月に1回は血糖値を測るための血液検査を受けてる。でも俺、血管が出にくいタイプでさ、看護師さんが採血に毎回失敗するの。何度も何度も針を刺されるから、「僕のほうが上手だからやりましょうか?」って冗談で言ったりして(笑)。「ダメです!」って怒られるけどね(笑)。 ――体調はかなり良くなってきた? 今はすごくいい薬もあって、週1回の注射で済むんだ。数値も普通の人と変わらないくらいまで安定してる。ありがたいよね。 ――刑務所にいたときも、音楽は聴けたんでしょうか? 聴けたよ。ラジオが流れるからね。昔はNHKしかダメだったけど、最近はソウルとかも流れるようになってて。日曜の昼間なんか、山下達郎さんの番組が流れるの。山下さんブラックミュージックにも詳しいから、どこにいたグループがのちの誰だよとか教えてくれるのよ。「うそ、マジ!?」ってラジオの前でメモしたりして。ほかの番組でもかっこいい曲が流れたらメモしようと思うんだけど、おしゃれな番組のDJって英語の発音がすごく良いから、聞き取ってメモするのも必死。でも楽しくてさ。ラジオに救われた部分もあるよ。 ――音楽の力は大きいですね。 ほんと、音楽があったから俺はヤクザにならずに済んだと思ってる。もしシャネルズやってなかったらって考えると怖いよ。仲間たちもそうだと思う。 ――今は『ドゥーワップ・カーニバル』というイベントを主催されていますね。 そう。第1回は2024年10月に高円寺HIGHでやって、第2回は今年6月に新宿ReNY。どっちもすぐにソールドアウトになって。第3回はもっと大きい会場でやりたいと思ってる。若い子たちにも響いてほしいって思ってるんだ。ドゥーワップって、声ひとつで楽しめる最高の音楽だから。 ――なぜドゥーワップのイベントを? 70歳が近くなってきて、昔を懐かしむようになってきてさ。「あの頃、良かったな」って思いがすごく強くなってきたんだよ。それで思い出したのが、自分の音楽の原点がドゥーワップだったってこと。それで「もう一回、ドゥーワップをやりたい」って思って。 ――ご一緒されてるメンバーも、昔の仲間ですか? そう。シャネルズのバックバンドをやってたやつとかね。普通に仕事してたり、それこそ病気してたりさ。でも「ちょっとやってみない?」って声かけたら、みんな急に生き生きしてきて。練習を重ねてると、顔がどんどん昔っぽくなってくるんだよ。あの頃に戻れるっていうか、楽しいんだよな。それがうれしくてさ。偉そうなことは言えないけど、仲間たちが生き生きするきっかけになればいいなと思ってやってるところもあるんだ。 ――最近では、お孫さんも誕生されたそうですね。 そう!息子のタツヤに子どもが生まれたんだよ。「かっこいいじじいにならなきゃな」って思った瞬間に、体を鍛え始めた(笑)。やっぱりね、もう一度シャネルズやりたいって気持ちもあるし、そのときに胸張って舞台に立てるようにいたいんだよ。(中編につづく) ■田代まさし 1956年8月31日、佐賀県唐津市生まれ。高校時代に鈴木雅之らと結成したシャネルズ(のちのラッツ&スター)で歌手デビューし、タレントとしても多方面で活躍する。薬物依存による逮捕・収監を経て、現在は更生と音楽活動に注力している。2025年7月には、再起のきっかけとなった“言葉たち”をつづったエッセイ集『こころの処方箋』を刊行。そのほか、障がいをもつスタッフたちが企画・製造するポン酢「ヒロポン酢」とのコラボレーションや、アパレルブランドとの共同企画なども積極的に展開している。

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