「死んだ後に自分がどうなるのか?」 K-1創設者・石井館長、一世風靡→懲役を経て行き着いた境地

先月末、K-1の創設者であり正道会館の館長を務める石井和義氏が、新著『正道空手と魂の旅』(ONE PUBLISHING)を上梓した。「無から有を生み出す」「天(あま)の扉開き」「ブッダの教え」といった言葉が並び、帯には「これが本物の超常現象だ!!」とある。一見すると刺激的な言葉で飾られた一冊だが、その真意は何なのか。石井館長に聞いた。(取材・文=“Show” 大谷泰顕) 「死んだ後に自分はどうなるのか?」 これは古今東西、誰しもが抱く永遠の問いだ。しかしその答えを得ることは容易ではない。 石井館長は語る。 「2022年に石原慎太郎さんが89歳で亡くなって、同じ年の10月には猪木さんも亡くなった。猪木さんは79歳。身近な人が次々と旅立つなかで、いま72歳の僕も、死んだ後にどうなるのかを考えるようになったんです」 1993年、石井館長はK-1を創設。両国国技館、日本武道館をはじめ、大都市の会場を次々に満員にし、1995年にはフジテレビがゴールデンタイムで生中継。1997年にはナゴヤドーム、大阪ドーム、東京ドームという“三大ドームツアー”を実現した。 1998年からはK-1 JAPANを開催し、日本テレビでの中継も実現。まさに国民的格闘技ムーブメントを築き上げていった。 そして2001年大晦日にはさいたまスーパーアリーナで「イノキボンバイエ」を開催し、TBSのゴールデンで猪木軍との対抗戦。翌2002年には国立競技場で「Dynamite!」を開催し、10万人を動員。世界146カ国で放送されるまでに成長した。 石井館長自身も本書で「夢が現実になっていくような日々だった」と記している。 しかしその後、急転直下の出来事が訪れる。 石井館長はこう振り返る。 「栄光の絶頂から急転直下。マルサの強制捜査、逮捕、裁判、そして懲役。まるで人生がジェットコースターのようでした」 2007年8月11日、静岡刑務所へ。刑期は425日。「法人税法違反」と「証拠隠滅教唆」という罪状での収監だった。 同書にはこう記されている。 「平たくいえば、一部社員による資金の私的流用が会社の脱税とされ、最終的には社長である私の責任だということで私が罪に問われた」 まさに天国から地獄への転落──しかし、館長は決して折れなかった。

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