ポール・アダムス外交担当編集委員 今月初め、フサム・ゾムロット氏というパレスチナの外交官が、英シンクタンク「王立国際問題研究所(チャタムハウス)」の討論会に招かれた。 この時はベルギーが、イギリスやフランスなど共に、ニューヨークの国連総会でパレスチナ国家を承認すると約束したばかりだった。ゾムロット氏は、これが重要な瞬間だと明言した。 「ニューヨークで目にすることになるのは、2国家解決を実現するための実質的に最後の試みかもしれない」と、ゾムロット氏は警告した。 「これを失敗させてはならない」 それから数週間後の21日、これが現実となった。伝統的にイスラエルの強固な同盟国であるカナダ、オーストラリア、イギリスが、パレスチナ国家の承認を発表した。 ポルトガルもこれに続いた。フランスも22日に承認する見通しだ。 イギリスのキア・スターマー首相は、承認の決定をソーシャルメディアに投稿した動画で発表。その中で、「中東で拡大する惨状を前に、われわれは平和と2国家解決の可能性を維持するために行動している」と述べた。 「それは、安全で安心できるイスラエルと、実現可能なパレスチナ国家が並び立つことを意味するが、現時点ではそのいずれも存在していない」とも、スターマー氏は指摘した。 これまでに150を超える国がパレスチナ国家を承認しているが、イギリスをはじめとする国々が加わったことを、多くの人は重要な瞬間だと見なしている。 「パレスチナが世界的にこれほど力を持ったことはかつてない」と、元パレスチナ当局者のザヴィエル・アブ・エイド氏は語った。 「世界がパレスチナのために結集している」 一方で、複雑な問いが残されている。パレスチナとは何か、そもそも承認すべき国家が存在するのか――などだ。 国家承認のための4要件は、1933年のモンテビデオ条約に記載されている。パレスチナはそのうち、「恒久的な人口」(ただし、ガザでの戦争によりこれが極めて危険にさらされている)と、「国際関係を構築する能力」の2件について正当な主張が可能だとされている。後者についてはゾムロット氏がまさにその証拠となっている。 しかし、パレスチナは「明確に定義された領域」という要件をまだ満たしていない。 最終的な国境に関する合意が存在せず、実際の和平プロセスもない中で、「パレスチナ」が何を意味するのかを確実に理解することは難しい。 パレスチナ人が切望する国家は、東エルサレム、ヨルダン川西岸地区、ガザ地区の3地域から構成されている。これらはすべて、1967年の第3次中東戦争(6日戦争)でイスラエルによって占領された。 地図をざっと見ただけでも、問題の始まりがどこにあるかは明らかだ。 ヨルダン川西岸地区とガザ地区は、1948年のイスラエル独立以来、イスラエルによって地理的に分断されてきた。 ヨルダン川西岸地区には、イスラエル軍とユダヤ人入植者が存在している。そのため、1990年代のオスロ合意に基づいて設立されたパレスチナ自治政府が統治しているのは、地区全体の約40%にとどまっている。1967年以降、入植地の拡大が西岸地区を侵食し続けており、政治的にも経済的にも、ますます断片化が進んでいる。 一方で、パレスチナ人が首都と見なす東エルサレムは、ユダヤ人入植地に取り囲まれ、徐々に西岸地区から切り離されつつある。 ガザ地区の状況は、もちろんそれよりもはるかに深刻だ。2023年10月のハマスによるイスラエル南部への攻撃をきっかけに始まった戦争から約2年が経過し、同地域の大部分が壊滅状態にある。 これらすべての問題に加えて、国家承認に必要とされるモンテビデオ条約の第4の要件、つまり「機能する政府」が残っている。 そして、これがパレスチナ人にとって大きな課題となっている。 ■「新しい指導者が必要」 1994年、イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)との間で合意が成立し、パレスチナ自治政府が創設された。この政府は、ガザ地区およびヨルダン川西岸地区におけるパレスチナ人に対して、部分的な民政統治を行っていた。 しかし、2007年にハマスとPLOの主要派閥ファタハとの間で流血の衝突が発生して以来、ガザ地区と西岸地区のパレスチナ人は、二つの対立する政府によって統治されている。現在、ガザ地区ではハマスが、西岸地区では国際的に承認されたパレスチナ自治政府が統治をおこなっている。パレスチナ自治政府は、マフムード・アッバス議長が率いている。 つまり、この地域では地理的分断が77年、政治的分裂が18年続いていることになる。ヨルダン川西岸地区とガザ地区は、長期にわたって離ればなれにされてきた。 その間に、パレスチナの政治は硬直化した。大多数のパレスチナ人が自らの指導層に対して冷笑的な見方を抱き、国家樹立への進展はおろか、内部和解の可能性すら悲観的に見ている状況だ。 大統領選挙と議会選挙が最後に行われたのは2006年だ。つまり、36歳未満のパレスチナ人は、ヨルダン川西岸地区でもガザ地区でも、人生で一度も投票を経験していないことになる。 「これほど長い間、選挙が行われていないという事実は、まったくもって理解に苦しむ」と、パレスチナ系カナダ人弁護士のディアナ・ブットゥ氏は語った。 「われわれには新たな指導者が必要だ」 2023年10月にガザで戦争が勃発し、この問題はさらに深刻化している。 数万人規模の市民の死に直面しながら、西岸地区に本部を置くパレスチナ自治政府は、ほぼ無力な傍観者へと追いやられている状況だ。 ■長年の内部不和 パレスチナの指導層内部の緊張は、何年も前から始まっている。 PLOのヤセル・アラファト議長が亡命生活を経てパレスチナ自治政府の指導者として復帰した際、地元のパレスチナ人政治家たちは、ほとんど脇に追いやられる形となった。 「内部の人間」は、アラファト氏ら「外部の人間」による支配的なスタイルに不満を募らせるようになった。アラファト氏の周辺に関する汚職のうわさは、パレスチナ自治政府の評判を高めることにはつながらなかった。 さらに重要なのは、新たに設立されたパレスチナ自治政府が、イスラエルによるヨルダン川西岸地区の段階的な植民地化を阻止することも、アラファト氏が1993年9月にホワイトハウスの芝生でイスラエルのイツハク・ラビン首相(当時)と歴史的な握手を交わしたことで期待された独立と主権の約束を実現することも、できなかったように見える点だ。 その後の年月は、円滑な政治的発展にとって好ましい状況ではなかった。和平の試みは失敗し続け、ユダヤ人入植地の拡大が続き、双方の過激派による暴力が発生し、イスラエルの政治が右傾化した。2007年には、ハマスとファタハの間で暴力的な不和が生じた。 「通常の状況であれば、新たな人物や新たな世代が登場していたはずだ」と、パレスチナ人歴史家のイェジド・サイグ氏は語った。 「しかし、それは不可能だった。(中略)占領地に住むパレスチナ人は、極めて細かく分断された空間に分かれてしまっており、それが新たな人物の登場と結集をほぼ不可能にしている」 しかし、そうした中である人物が登場した。マルワン・バルグーティ氏である。 バルグーティ氏はヨルダン川西岸地区で生まれ育ち、15歳のときにアラファト氏率いるPLOの派閥ファタハで活動を始めた。 バルグーティ氏は、第2次インティファーダ(パレスチナ蜂起)の際に人気指導者として頭角を現したが、致命的な攻撃を計画したとして逮捕され、5人のイスラエル人が死亡した事件で起訴された。 バルグーティ氏は一貫して容疑を否認しているが、2002年以降、イスラエルの刑務所に収監されている。 それにもかかわらず、パレスチナ人が将来の指導者候補について語るとき、最終的に話題に上るのは、ほぼ4半世紀にわたり拘束されているバルグーティ氏だ。 ヨルダン川西岸地区に拠点を置くパレスチナ政策・世論調査センターが最近実施した世論調査によると、パレスチナ人の50%がバルグーティ氏を議長に選ぶと回答しており、2005年からその職にあるアッバス氏を大きく上回っている。 バルグーティ氏はファタハの幹部であり、同派は長年にわたりハマスと対立してきた。それにもかかわらず、バルグーティ氏の名前は、ハマスがガザで拘束しているイスラエル人質との交換を求める政治犯リストの上位に挙げられていると考えられている。 しかし、イスラエルはバルグーティ氏の釈放に前向きな姿勢を示していない。 今年8月には、衰弱してやつれた様子の66歳のバルグーティ氏が、イスラエルの極右政治家イタマル・ベン・グヴィル国家安全保障相に嘲笑される様子を映した動画が公開された。 バルグーティ氏の姿が公に確認されたのは、数年ぶりのことだった。 ■ネタニヤフ首相とパレスチナ国家 ガザで戦争が始まる以前から、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相によるパレスチナ国家樹立への反対姿勢は、明確なものだった。 2024年2月、ネタニヤフ氏は「私が何十年にもわたって、われわれの存在を危険にさらすパレスチナ国家の樹立を阻止してきた人物であることは、誰もが知っている」と述べた。 国際社会がパレスチナ自治政府に対し、ガザの統治を再開するよう求めているにもかかわらず、ネタニヤフ氏は、将来のガザ統治にパレスチナ自治政府が関与する余地はないと主張している。その理由として、アッバス氏が2023年10月7日のハマスによる攻撃を非難していないことを挙げている。 8月には、ヨルダン川西岸地区から東エルサレムを事実上切り離すことになる入植地計画にゴーサインを与え、3400戸の住宅建設が承認された。イスラエルのベザレル・スモトリッチ財務相は、この計画がパレスチナ国家という考えを「葬り去るものだ。なぜなら、承認すべきものも、承認すべき相手も存在しないからだ」と述べた。 こうした状況について、前出のサイグ氏は、決して新しいものではないと指摘する。 「もし大天使ミカエルが地上に降りてきて、パレスチナ自治政府のトップに就いたとしても、何も変わらないだろう。なぜなら、あらゆる成功の可能性を完全に否定するような条件下で働かざるを得ないからだ」 「そしてそれこそが、長い間続いてきた現実だ」 一つだけ確かなことがある。仮にパレスチナ国家が誕生したとしても、ハマスがその運営を担うことはない。 フランスとサウジアラビアが主催した3日間の会議を経て、7月にまとめられた宣言では、「ハマスはガザでの統治を終わらせ、武器をパレスチナ自治政府に引き渡さなければならない」と明記された。 この「ニューヨーク宣言」は、すべてのアラブ諸国によって支持され、その後、国連加盟142カ国によって総会で採択された。 一方でハマスも、ガザの統治権を、独立した官僚による行政機構に引き渡す用意があると表明している。 ■象徴的な国家承認で十分なのか バルグーティ氏が収監され、アッバス氏が90歳に近づき、ハマスが壊滅状態にあり、西岸地区が分断されている現状において、パレスチナに指導力と統一性が欠けていることは明らかだ。しかし、だからと言って国際的な承認が無意味だということにはならない。 「承認は実際、非常に価値あるものになり得る」と、前出のブットゥ弁護士は語る。一方で、「だがそれは、こうした国々がなぜ承認するのか、その意図が何なのかによる」と注意を促している。 イギリス政府のある高官は、匿名を条件に取材に応じ、「承認という象徴性だけでは不十分だ」と述べた。 「問題は何らかの進展を得られるかどうかであり、国連総会が単なる承認の場になってしまわないようにすることだ」 「ニューヨーク宣言」は、イギリスを含む署名国に対し、「パレスチナ問題の平和的解決に向けた、具体的で期限を定めた、かつ不可逆的な措置を講じる」ことを求めている。 ロンドンの当局者らは、ガザとヨルダン川西岸の統合、パレスチナ自治政府への支援、パレスチナでの選挙、さらにアラブ諸国によるガザ再建計画への言及を、承認に続くべき措置の例として挙げている。 しかし当局者らは、障害が極めて大きいことも認識している。 イスラエルは断固として反対の立場を崩しておらず、ヨルダン川西岸地区の一部または全域を正式に併合することで報復すると警告している。 一方、アメリカのドナルド・トランプ大統領は、この問題に関する不満を明確に示している。訪英中の18日には、「その点については(スターマー)首相と意見が合わない」と述べた。 アメリカは8月、数十人のパレスチナ当局者に対し、ビザの発給を取り消す、または拒否するという異例の措置を講じた。これは国連の規則に違反する可能性がある。 アメリカは、パレスチナ国家承認に関して国連で拒否権を持っており、トランプ大統領は、アメリカがガザに対して「長期的な所有権を持つ」とする、いわゆる「リヴィエラ計画」に依然として固執しているようだ。 重要なのは、この計画がパレスチナ自治政府については何も言及しておらず、「改革されたパレスチナ人による自治」や、ガザと西岸地区の将来的な関係についても触れていない点だ。 ガザの長期的な将来は、「ニューヨーク宣言」、トランプ氏の計画、アラブ諸国による再建計画の間のどこかに位置する可能性がある。 いずれの計画も、それぞれ全く異なる形で、この2年間にガザを襲った惨事から何かを救い出そうとしている。そして、どのような形であれ新たな枠組みが生まれる場合、パレスチナとその指導体制がどのようなものになるのかという問いに答える必要がある。 しかし、ブットゥ氏のようなパレスチナ人にとっては、より差し迫った問題が存在する。同氏は、これらの国々に本当に望むのは、さらなる殺戮(さつりく)を防ぐことだと述べた。 「国家樹立の問題に焦点を当てるよりも、それ(殺害)を止めるために何か行動を起こしてほしい」 (英語記事 Recognising Palestinian statehood opens another question – who would lead it? )