犯罪や裏社会をテーマとする映画ジャンル“香港ノワール”。その原点にして頂点に立つ作品が、ジョン・ウー監督の出世作となった「男たちの挽歌」(1986)だ。極道の世界に生きるホーとマークの熱い友情、ホーと弟キットの確執と兄弟愛をドラマティックに描いた本作は、「香港のアクション映画といえばカンフーもの」という当時の状況を完全に塗り替えた。今やハリウッドの世界でも活躍する名監督となったジョン・ウーだが、その美学の根底には日活や東映のアクション映画と、“マイトガイ”小林旭の存在があることを知っているだろうか。BS12 トゥエルビ(BS222ch※全国無料放送)では9月30日(火)夜6時より、「香港ノワール特集」内で「男たちの挽歌」が放送される。これを機に、本作の魅力と小林旭との深い関係を掘り下げていきたい。 ■友情で結ばれた2人の極道が挑む、運命を懸けた最後の戦い 本作はロン・コン監督の社会派映画「英雄本色」(1967)を大胆にリメイクし、むき出しの情緒とバイオレンスを詰め込んだアクションエンターテインメント。物語の軸となるのは香港のシンジケートに身を置くホー(ティ・ロン)と、兄弟分のマーク(チョウ・ユンファ)、兄ホーの仕事を知らぬまま警察学校に進んだキット(レスリー・チャン)の3人の男たちだ。 病に伏せる父親と警察官を目指す弟のため、ホーは次の仕事を終えたら足を洗おうと考えていた。ところが、ホーは取り引き相手の裏切りにより逮捕され、シンジケートはホーが口を割らないよう彼の家族を襲い、父親は命を落とす。一方、マークは独断で裏切り者の一味を襲撃し、銃撃戦の末にホーの仇討ちを果たすが、敵の銃撃によって足が不自由になってしまう。 3年後、出所したホーはタクシー運転手として第二の人生を歩み始める。シンジケートはホーとマークの舎弟だったシンが取り仕切るようになり、マークは彼の雑用係に身をやつしていた。そんなある日、シンはホーを呼び出し、警察官となったキットを情報提供者として引き入れるよう要求。ホーが拒んだことで、マークに壮絶な暴行を加え、ホーが勤めるタクシー会社に執拗なまでの嫌がらせを繰り返す。 切るに切れないシンジケートとの因縁に苦しむホーは、マークと共にシンジケートとの直接対決に臨むことを決意。かたやキットは、自身の人生を狂わせたホーに激しい憎悪を抱き、自らの手で兄を逮捕すると誓う。運命の夜、ホーとマークはシンが待つ埠頭へと向かうが、単身乗り込んできたキットを人質に取られてしまう。大銃撃戦の果てに、ホーたちは思わぬ結末を迎える。 ■ジョン・ウー節が光る極上のバイオレンスと友情劇 極道を主役に据えた作品らしく、血と硝煙にまみれた銃撃戦やどぎつい暴力シーンがそこかしこに散りばめられている。それでも見入ってしまうのは、ジョン・ウー独特の美学があってこそだ。スローモーションで飛び散る血と汗、マークの二丁拳銃による銃撃で弾け飛ぶ宴会場と、踊り狂うような動きで命を散らす男たち。美しきバイオレンスに心奪われずにはいられない。 ホーとマークの男の友情もいい。冗談を飛ばし合い、常に行動を共にしていた2人は、シンジケートとの対立をきっかけにより絆を深めていく。とりわけ胸に残るのが、香港の夜景を眺めながら言葉を交わすシーンだ。度重なる嫌がらせと弟への思いに苦しむホーに、マークはこう叫ぶ。「運命と戦ったことはあるか? 一度もねえだろう!」――弟分のこの言葉が、弱り切っていたホーの心に再び火を点けるのだ。 親兄弟に迷惑をかけながら日々犯罪に手を染める彼らは、まごうごとなき社会のはみ出し者である。しかし、闇の中だからこそホーとマークの友情はギラギラとした輝きを放ち、極道とは縁遠い場所で生きる我々の目にまぶしく映る。 ■マークのふとした仕草に透け見える“マイトガイ”小林旭へのリスペクト 日活全盛期を知る人ならピンと来るかもしれないが、主役の1人であるマークは、その容姿もちょっとした仕草もどこか小林旭に似ている。それもそのはず、ジョン・ウーは日活や東映のアクション映画をこよなく愛し、小林旭を“ゴッド”と呼ぶほどに敬愛しているのだ。 それを受けてのことだろう、マークを演じるチョウ・ユンファ自身も、役作りにあたって小林旭の所作を取り入れたという。ロングコートを引っかけ、ポケットに手を突っ込んで歩く姿。少し背中を丸めてタバコに火を点ける仕草。皮肉っぽい微笑みと、どこか遠くを見るような眼差し。こうしたマークのふとした動きに、小林旭の姿が重なって見えるのが面白い。 「男たちの挽歌」の大ヒットで“香港ノワール”の礎を築き、「レッドクリフ」シリーズや「ミッション:インポッシブル2」などで世界的名声を得たジョン・ウー。その美学の根底には、小林旭ら日本が生んだ大スターと、彼らが主演するアクション映画があった。こうした背景を知っていると俄然興味をそそられるのが、9月末からのBS12 トゥエルビでの放送ラインアップだ。 9月30日(火)からは「香港ノワール特集」と題し、「男たちの挽歌」「男たちの挽歌Ⅱ」「ファイヤー・ストーム」など香港映画6作品を放送。同時期となる9月29日(月)からは、「小林旭特集」と題して「ギターを持った渡り鳥」「黒い傷あとのブルース」ほか、4作品が放送される。ジョン・ウーと小林旭をこんな形で引き合わせるとは、何とも憎いラインアップに快哉を叫びたくなるというものだ。 ◆文=帆刈理恵(スタジオエクレア)