6歳の玲奈さんをコンクリ詰め「空白の18年」に何があった 知らぬ母が渡し続けた養育費

大阪府八尾市の集合住宅で昨年2月、コンクリート詰めにされた岩本玲奈さん=死亡当時(6)=の遺体が見つかった事件で、傷害致死と死体遺棄の罪に問われた叔父の飯森憲幸被告(42)に対する判決が13日に大阪地裁で言い渡される。争点は量刑。検察側は懲役12年を求め、弁護側は懲役4年以下の判決が妥当とする。公判では玲奈さんの死後、遺体が発見されるまでの「空白の18年間」の詳細が明らかになった。 ■「かわいい大事な子」から「しんどい」に 「玲奈をあやめてコンクリ詰めにした罪悪感、いつ警察が来るのかという恐怖感がありました」。事件当時体重が120キロあったという被告は、約40キロやせた姿で出廷し、逮捕されるまでの心境をこう述べた。 被告が玲奈さんと同居するようになったのは、異母姉にあたる玲奈さんの母親が借金返済に追われ、家を出て住み込みで働くことになったことがきっかけだった。しばらくして玲奈さんは祖父(被告の父親)と2人で暮らすようになったが、平成18年9月ごろ、玲奈さんに「パパ」と呼ばれ、慕われていた被告に預けられた。 被告は当時23歳。漢字の読み書きができないこともあって仕事には就かず、5歳年下の柴田朱里被告=死体遺棄罪で公判中=と同棲していた。「かわいい大事な子」。被告は玲奈さんを懸命に育てようとし、同年10月の6歳の誕生日にはケーキを買ってお祝いもした。 だが間もなく、思い通りにいかない子育てを「しんどい」と思うように。同年12月~19年1月のある日、「噓をついた」と責めた際に暴行に歯止めが利かなくなり、玲奈さんは死亡。祖父の提案で、遺体を金属製の衣装ケースに入れ、コンクリートを流し込んだ。 ■母親には会わせず 一方、16年ごろに家を出た母親は玲奈さんと縁を切ったわけではなかった。数カ月ごとに被告や祖父に会い、玲奈さんのために用意した服やプレゼントのほか、養育費としてその都度、数万~80万円にも上る現金を手渡してもいた。それは平成30年ごろまで続いた。被告らが玲奈さんの死を、母親にもひた隠しにしていたからだ。 「会いたい」「写真がほしい」。母親がこう頼んでも、被告は拒否。母親と確執があった祖父が「あいつに子供を返すな」と命じ、被告は言いなりだった。

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