【住吉会・幸平一家の実像】現代犯罪の「総合商社」!? 薬物から特殊詐欺まで、凶悪事件の陰に見え隠れする"血の利権"

昨年、特殊詐欺事件で逮捕された暴力団組員の約4割が幕末の博徒を祖とする幸平一家の一員だった。警視庁が史上初の2次団体に対する「特別対策本部」を設置するほどの〝名門〟はいかにして〝異形〟の犯罪集団に変貌したのか。工藤会に続く頂上作戦の標的となった最凶組織の内幕に迫る。 * * * 【一般人の巻き添えをいとわない凶暴性】 1月15日、警視庁が指定暴力団・住吉会傘下の幸平一家の集中摘発を手がける「住吉会幸平一家特別対策本部」を設置した。 鉄のピラミッドを築く暴力団への捜査で、組織を統べる1次団体を飛び越え、その直下にある2次団体を名指しにして対策本部を立ち上げるのは、同庁初の異例の事態。当局に重点マークされる幸平一家の実態とは――。 警視庁が特別対策本部を設置した8日後の1月23日。幸平一家の凶暴性を社会に深く刻みつけた男が、ひっそりとこの世を去っている。 男は幸平一家系の元幹部・小日向将人元死刑囚(56歳)。2003年の「前橋スナック銃乱射事件」の実行犯だ。上層部の関与を自供し、全容解明に協力したが、死刑確定から20年近くの拘置を経て、今年1月に病死した。 事件の端緒は01年。住吉会幹部の葬儀で稲川会系組員が発砲し、住吉会幹部ふたりが射殺された「四ツ木斎場事件」にある。当時の状況を、関東の暴力団関係者が回想する。 「組織間では手打ちとなったが、禁忌とされる〝義理場〟(葬儀会場)での凶行に納得しない組員は多く、当時の新宿・歌舞伎町は異様に殺気立っていた。 そして、小日向元死刑囚が所属していた幸平一家矢野睦会が報復に走った。彼らは引退した敵方幹部への銃撃や放火を繰り返した末、あの前橋の事件を引き起こした」 矢野睦会は報復を開始し、03年には群馬県前橋市でマシンガンによる乱射を敢行。ターゲットの幹部を取り逃がした一方、一般客3人と幹部のボディガードを殺害する惨劇を招く。 その後、事件を指揮した会長が逮捕され、矢野睦会は壊滅。会長は20年に自殺した。 複数の一般人が巻き添えとなった前代未聞の事件。07年に幸平一家のトップに就き、今もその椅子に座る十三代目加藤英幸総長は、就任当時の実話誌のインタビューで報復に突き進んだ矢野睦会会長について問われ、こう述べている。「できればね、私が行きたかったですよ」

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