本当につくれる「どくさいスイッチ」

(文中敬称略) 法学者のローレンス・レッシグが法規制とネットの関係を分析した著書『Code and Other Laws of Cyberspace』を上梓したのは前世紀の1999年11月だった(邦訳『CODE: インターネットの合法・違法・プライバシー』山形浩生・柏木亮二訳:翔泳社は2001年3月刊行)。題名である「CODE」は、特定の事柄に対する我々の行動を規定する約束事――慣習だったり法律だったり――であり、同時にプログラミングによって構築されるソフトウエア全般をも指している。 同書でレッシグは、インターネットは新しい技術によって完全な自由放埒(ほうらつ)さが保障された情報空間に見えるが、決してそうではない、と指摘した。 ネットの上の自由は、ネットを支える技術によって規定される。だから彼は「CODE is Law」という標語を打ち出した。ネットを規定するCODEは法、規範、市場、アーキテクチャーの4つだ。このうち、アーキテクチャーは、プログラミングそのものだ。プログラマーが生産するソースコードが、ネットのアーキテクチャーを決める。ネットにおいてユーザーは、アーキテクチャーに反する行動をとることはできない。だから「コードは法律」なのだ。 その上で彼は「ネットユーザーはどのようなCODEを採用すべきか」という問題を提起した。それは完全な自由放埒ではありえない。が、権力による完全な抑圧であってもいけない。むしろ意図的に不完全さを作り込んだものであるべきだと主張した。なぜなら、現実社会における法律も、人間の行動のすべてを規定するものではなく、慣習やら常識によって支えられる曖昧さを含んでいるからだ。 早い話、混雑する駅やバス停で私たちは並んで列車やバスを待つが、それは法律に書いてあるからそうしているわけではない。そうすることが社会全体として効率的であり、無用の軋轢(あつれき)を生まないことが経験的な知識として共有されているからそのように行動するのだ。なんでもかんでも法で規定すれば、社会が円滑に回るというものではないのである。 ●「個人の考え」で支配できる社会インフラ この本でレッシグは大変に重要な事実を指摘した。法も規範も市場も、ネット以前から存在したものであり、新しい概念は一般から見える公の場で議論された上で、社会に適用される。しかし、ネットアーキテクチャーはそうではない。それはソフトを作る者の頭の中で生まれ、直接社会に投入される。しかも、ネットは社会を支えるインフラであるが故に、その影響は社会全体に及ぶ。 現実の世界は物理法則によって規定されている。物理法則を人間がどうこうすることはできない。その一方で、ネット技術は個人の頭の中から直接飛び出してくる。しかも、それは人間社会に対してあたかも物理法則であるかのように影響力を及ぼすことができる。「ネットがこうなっている」ならネットユーザーは、それに合わせて行動せざるを得ないからだ。 デジタル技術は個人にIDを振って、管理することができる。とすると、ネット技術は個人を支配することが可能だ。もちろん抑圧する方向で支配することだってできる。そしてネットアーキテクチャーは個人の頭の中から直接ネットにサービスとして実装されるものだ。その間には広く人々が議論をする場も、そのための時間的猶予もない。つまり、強烈な悪意で人々を抑圧する技術が、公の場での議論を経ることもなく直接ネットに組み込まれて、人々を実効的に支配してしまう可能性があるのだ。 2007年になって、レッシグは改訂版の『CODE VERSION 2.0 』を出して、さらに議論を進めた。その中で、彼はネットアーキテクチャーによる支配の危険性は、1999年よりも2007年のほうが高まったとしている。 実際、レッシグの指摘は完全に正しかったと言わねばならない。ここ数回書いてきた、広告の悪魔化も、電子書籍やソフトウエアのサブスクリプションによる「消費者が所有者から利用者へ転落する」現象も、レッシグの「CODE is Law」というスローガンで完全に理解できる。 が、2026年現在の状況は、それどころではなく、もっと危険な状況が世界を覆いかねないところまで来ている。 2026年3月5日、高市早苗首相は米パランティア・テクノロジーズ(以下パランティア)のピーター・ティール(以下ティール)社長と首相官邸において面会した。パランティアは2003年にネットで収集するビッグデータの解析を行うベンチャーとして創業した会社だ。創業から23年を経て、その影響力は今や戦争の動向を左右するまでになっている。そして、同社の危険性はピーター・ティールという人が札付きの技術至上主義者、テクノリバタリアンであり、しかも独特の――私に言わせれば「歪(ゆが)んだ」と評価しなくてはならない――思想の持ち主であるところに起因している。

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