ご記憶だろう、今年2月、たいへんな“警察不祥事”が大報道された。神奈川県警の交通機動隊の巡査部長らが、2年半にわたり追尾式の速度取り締まりなどで不正を行い、約2700件の違反を取り消すことになったと。 じつはこれ、巡査部長らだけを吊し上げてすむ話ではない。なぜそんなことが起こるのか、本当に悪いのは誰か、ニュースには決して出ない話をしよう。 そもそも追尾式の速度取り締まりは、光電式やレーダー式などの速度測定機を用いない。次のように取り締まる。 1、パトカーまたは白バイ(以下、パト)が違反車両の後方を等間隔=等速度で走る。 2、パトの特殊な速度計(ストップメーターと呼ばれる)の速度を固定し、レシートのような小さな紙に測定値としてプリントアウト。 3、その測定値を速度違反の証拠とする。 さあ、そんな追尾式速度取り締まりの、測定値を否認したらどうなるのか。否認の裁判を、過去に私は東京簡裁で傍聴したことがある。 罪名は「道路交通法違反」。東京湾に近い一般道(制限40キロ)で、覆面パトにより74キロ超過(測定値は114キロ)で取り締まりを受けた運転者(40代、会社員)が「そんな速度は出していない!」と争った事件だ。重要な部分を以下にレポートしよう。今回の神奈川県警の不正の根っこがどこにあるか、しみじみと見えてきますよ。 ■深夜に赤色灯3つをまぶしく点灯させ パトの警察官2人を法廷で尋問することになった。1人目は、助手席にいた警部補。証言をまとめるとこうだ。 警部補 「巡査部長が運転する覆面パトで午後9時30分から指導取り締まりに従事した。午前0時頃、片側2車線の道路を40キロで走っていると、被告人車両が追い抜いた。目測で80キロ以上出ていた。付近に他の車両はなかった。直ちに赤色灯(回転タイプが屋根に1個、点滅タイプがフロントグリル内に2個)を点灯させて加速。追いついて後方約20メートルの車間を保った」 そして……。 警部補 「追尾測定は等速度、等間隔で約200メートルを追尾し、デジタルメーターをストップして測定する。追尾測定の間、被告人車両に減速や車線変更は全くなかった。ストップメーターを停止させると、114キロという表示が為されていた。サイレンを吹鳴させ車載マイクで『左に寄って止まりなさい』と広報した。約2カ月後に運転の巡査部長と実況見分したところ、本件での追尾距離は実際には約240メートルだった」 こんなリアルな説明を初めて聞いた。私は興奮した。同時に、大いに首をひねった。他に車がない深夜、3つの赤色灯を眩しく回転、明滅させたパトから、猛然と追い上げられ、後方約20メートルにくっつかれたまま約240メートルをぴったり114キロで走り続ける、そんな者がいるか? 弁護人(国選)はピンヒールの若い女性だった。姿勢が良く堂々としている。弁護人はこう尋ねた。 弁護人 「ストップメーターのほかに、パトカーに備え付けられているものはありますか?」 警部補 「赤色回転灯、サイレン、車載マイク、ビデオカメラ……」 弁護人 「ビデオは何に使用するのですか?」 警部補 「暴走族とかの採証活動です」 弁護人 「追尾式のときは?」 警部補 「使用することはないです」 弁護人 「なぜ使用しないんですか?」 ■確かな証拠をあえてつくらず…… 警部補は黙ってしまった。なお、ビデオテープのカメラか、デジタルカメラか、わからない。刑事裁判ではデジカメもビデオということが多い。 弁護人 「ビデオを使用すれば、曖昧でなくていいのでは?」 警部補 「……現段階では、使っておりません」 ビデオカメラで撮影、録画すれば、等速度、等間隔で間違いなく約240メートルを追尾測定したことがバッチリ立証され、違反者は否認などできない。なぜ撮影しないのか、不自然、不可解だ。 弁護人 「ほんとに(現場で何があったか立証するものが)あなた方がここからこうしたと言うこと、あなた方が作成した書類しかないんですよ。他に何かないんですか?」 警部補 「いえ……」 弁護人 「じゃ、あくまであなた方2人の記憶だけに基づいて、ということなんですね?」 警部補 「はい……」 裁判官はこう尋ねた。 裁判官 「240メートルの区間は一定の速度だったと?」 検察官 「その間に(速度の)表示が変わると、また等速度、等間隔をとり直すことになります。そうしないと適正な取り締まりができないので」 約240メートルの間、1キロ刻みのデジタル表示は「114」を表示して変わらなかったと、警部補はあくまで言うのだ。うむぅ。翌月、運転の巡査部長の証人尋問が行われた。警部補と同じ内容を証言した。 次は被告人質問だ。本件当日、勤務先から帰り際、婦人科系の重い病気で精神的にも不安定だった妻から「気分が悪い。早く帰ってきて」との電話を受けた。そんな電話は初めてだったので動転し、つい「急いでしまった」という。取り締まり時の状況をこう述べた。 被告人 「直線に入ったとき70キロぐらいでした。後ろから赤色灯が近づいてくるのに気づき、反射的に50キロぐらいまで減速しました。パトカーはかなりの勢いで近づいてきて、ルームミラーに一杯になりました。緊急の用務があるのだろうと思いましたが、すぐ後ろに来たので危険を感じました。煽られたように感じました。それでびっくりしてアクセルを踏んでしまいました。そのとき80~90キロでした。自分が追尾されていると思えば、あわてて加速などしません」 114キロ(74キロ超過)と記入された違反切符に被告人はサインした。なぜ? 被告人 「警察官は最初から高圧的で、車から降りろ! エンジンを切れ! 違反を認めないなら連れて行く、今夜は帰れない! などと言いました。私は妻が心配で、逮捕だけは避けようと、渋々サインしました」 後日、略式の裁判により罰金10万円の略式命令を受けた。 被告人 「略式ではこういった弁明の場がないと少しは聞いていましたが、当時は非常に仕事が忙しく、何回も休めないので略式にしました。しかしどうしても納得いかなくて…」 それで自ら正式裁判を請求し、こうして法廷が開かれているのだ。検察官は被告人に尋ねた。 検察官 「(測定値を)認めない科学的な根拠があるんですか?」 なっ、なんだそれーっ。腰を抜かすとはこのことだ。ビデオカメラが装備されているのにあえて撮影せず、警察官の不自然、不可解な証言だけで有罪にしようとしている、そんな検察官の口から「科学的な根拠」って! ■水掛け論になれば警察の勝ち さすがに弁護人も怒り、燃えたようだ。なんと、警視庁に30年以上勤務し追尾式の取り締まりも経験した元警部補氏の、陳述書を準備した。私は読ませてもらった。「水掛け論に持ち込めば裁判所は警察の説明を鵜呑みにしてくれる。だからムチャなことをやる警察官も出てきてしまう」という趣旨のことがズバリ書かれていた。 しかし裁判官は、本件とは直接の関係がないからと却下。証拠採用を拒んだ。もう結果は見えた。5回の審理を経て言い渡された判決は、有罪、罰金10万円。水掛け論に持ち込めば裁判所は警察の説明を鵜呑み(うのみ)にしてくれる。だから“幻の陳述書”のとおりになったのだ。判決理由にこんな部分があった。 裁判官 「正確度の高い速度測定機を使ったのだから……」 そ、測定機って。私はもう全身からため息が出た。 今年2月の神奈川県警のケースは、パトのドラレコを調べたところ、2年半にわたり約2700件の不正が発覚、と報じられた。つまり、2年半にわたりドラレコの録画記録をチェックしなかった、チェックしてみたら不正だらけだった、そういうことなのである。 追尾式は、警察官の証言を裁判官がしてくれることを前提とした、不正をやり放題の取り締まり方法といえる。神奈川県警の巡査部長と同僚や上司らだけを吊るし上げてすむ話ではない、インチキな取り締まりを裁判所が支えている、私はそう思う。 文=今井亮一 肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりのジャンルを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し、大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から交通違反以外の裁判傍聴にも熱中。