最新のDNA鑑定が決め手、殺人罪で38年間服役の男性が無罪に 英控訴院

イギリスの控訴院は13日、女性を殺害した罪で38年近く服役していた男性について、有罪判決を破棄した。DNA鑑定による新たな証拠が決め手となった。 ピーター・サリヴァン氏は、1986年に英イングランド西部マージーサイドのバーキンヘッドで当時21歳だったダイアン・シンドール氏を殺害した罪で、服役していた。 しかし昨年、犯行直後に採取され保存されていた精液サンプルから、未知の犯人を示す遺伝子情報が新たに発見されたため、刑事事件再審委員会(CCRC)がサリヴァン氏の事件を控訴審に差し戻した。 ウェイクフィールド刑務所からビデオリンクでこの日の裁判に臨んだサリヴァン氏は、釈放が告げられるとすすり泣き、口に手を当てた。 現在68歳のサリヴァン氏は、存命の人物としては、イギリスの司法史上最も長く収監されていた冤罪(えんざい)の犠牲者だと考えられている。 弁護士によって読み上げられた声明の中で、サリヴァン氏は「怒っても恨んでもいない」と述べた。 「私に起こったことは非常に間違っていたが、それでも、あの事件が凶悪で最も恐ろしい殺人だったことに変わりはない」 「真実が自由にしてくれる」 サリヴァン氏の女きょうだいのキム・スミス氏は審理の後、「誰も勝者ではない」と述べ、シンドール氏の遺族に同情を示した。 「ご家族は娘を失い、もう戻ってこない。私たちはピーターを取り戻したが、これからまた彼を中心に生活を築いていかなければならない」 「そもそも、こんなことが起きてしまったのは本当に残念だ」 マージーサイド警察と検察庁(CPS)は、精液サンプルを検査する技術は事件当時には存在しなかったと述べた。 CPSの代理人を務めたダンカン・アトキンソン弁護士は、新たな証拠はサリヴァン氏の有罪判決の確実性を弱めるものだと発言。再審は求めない意向を示した。 控訴院判事のホルロイド卿は有罪判決を破棄した上で、「新たなDNAの証拠を認めることが、正義のために必要かつ有益であることに疑いの余地はない」と述べた。 「この証拠を踏まえると、控訴人の有罪判決を間違いないと見なすことは不可能だ」 また、被害者の負った傷について「シンドール氏に対する加害に、性的な側面があったことを明確に示している」とし、「その精液が真犯人によって残されたものであるという推論は極めて強い」と述べた。 さらに、「殺人に関与したのが1人の男性であることを示す証拠はあっても、それ以上の人数が関与したことを示す証拠は存在しない。また、同意の上での性的行為の中でこの精液が残された可能性を示す証拠もない」と続けた。 サリヴァン氏は13日午後2時15分過ぎ(日本時間14日0時15分過ぎ)に、ウェイクフィールド刑務所を車で後にした。 逮捕後の収容期間は38年7カ月21日(1万4113日)で、そのうちの約1年間は、リヴァプール裁判所での審理を待つために拘束されていた。 法廷では、シンドール氏の腹部から採取された精液サンプルのDNA鑑定が可能なまでに技術が発達したのは、ごく最近のことだと報告された。 また、このサンプルの遺伝子情報は、当時のシンドール氏の婚約者とは一致せず、精液サンプルを採取した法科学調査員による交差汚染の可能性も排除されていた。 マージーサイド警察はこの事件の捜査を再開したが、「残念なことに」全国のDNAデータベースを検索しても、新たな鑑定結果に一致する人物は見つからなかったと述べた。 同警察はまた、有罪判決がサリヴァン氏に与える影響を「過小評価していない」と述べた。 カレン・ジョーンドリル警視正は、2023年以降に再開された捜査において、260人以上の男性がDNA検査を受け、捜査対象から除外されたと述べた。 「我々は国家犯罪対策庁の専門的な技能と知見を活用しており、その支援を受けながら、この遺伝子情報の持ち主を特定するため、積極的に捜査を進めている。広範かつ綿密な調査が現在も続いている」 「このDNAはダイアン氏の家族の誰のものでもなく、当時の婚約者のものでもないことが確認されており、犯人を現場に結びつける重要な証拠となる可能性があると考えている」 CPSの法務サービス部門トップ、ニック・プライス氏は、「この有罪判決がピーター・サリヴァン氏の人生に与えた多大な影響、そして今回の判決が持つ重大な意味を私たちは認識している」と語った。 一方で、「当時入手可能だったすべての証拠に基づいて起訴を行った」とした。 また、新たなDNA証拠が提出された後、検察としては「控訴に反対できない」と判断したと述べた。 ■事件とこれまでの経緯 シンドール氏は生花店で働くかたわら、結婚資金をためるためにパートタイムでバーでも仕事をしていた。1986年8月2日午前0時過ぎ、ウィラルのベビントンにあるウェリントン・パブでの勤務を終えて帰宅途中、車の燃料が切れたとみられている。 捜査当局は、シンドール氏がバラ・ロード沿いの24時間営業のガソリンスタンドかバス停に向かって歩いていたところを襲われ、路地に引きずり込まれたとみている。 頭部を繰り返し殴打されたことが死因となり、その他にもかまれた傷や裂傷などの外傷が確認された。 事件の翌日、シンドール氏の衣服がビッズトン・ヒルで燃えているのが発見された。 この火災現場近くの茂みから「ピート」として知られる男性が走り出るのを目撃したという証言を受け、サリヴァン氏が事件の容疑者として浮上した。 捜査の過程で、サリヴァン氏は自身の居場所について矛盾する説明をし、「自白」とされる発言もしたと、法廷で明らかにされた。 しかし弁護側は、サリヴァン氏には学習障害があり、「非常に暗示にかかりやすい」性質だと主張した。 また、取り調べは、弁護士や適切な付添人が同席しないまま行われていた。 初公判では、検察側はシンドール氏の遺体に残されたかみ痕とサリヴァン氏の歯型が一致すると主張していた。 しかし今回の審理では、法医学の専門家が現在、かみ傷の証拠の信頼性について深刻な疑問を呈していることが明らかにされた。 サリヴァン氏は2008年に初めて、刑事事件再審委員会(CCRC)に再審請求を行ったが、当時は新たな遺伝子情報が検出される可能性は低いと判断された。 2019年には裁判所に直接、控訴の許可を申請したが、これも退けられた。 2021年に再びCCRCに申請を行うと、技術の進歩により、1986年に保存された精液サンプルの検査に価値があると判断された。 法廷で弁護団を率いたジェイソン・ピッター氏は、「これより早い段階でサンプルを検査しようとすれば、結果が得られないまま、サンプルを永久に損なう可能性があった」との認識を示した。 (英語記事 Man jailed for 1986 murder acquitted after 38 years)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする