アルノデイ・ムカルジ記者、ミル・サッビル記者(ダッカ)、アンバサラン・エティラジャン国際問題担当編集委員、ユアン・サマヴィル記者(ロンドン) バングラデシュで国内戦争犯罪を裁く特別法廷の国際犯罪法廷(ICT)は17日、シェイク・ハシナ前首相(78)に死刑を言い渡した。ハシナ前首相が昨年7月に勃発した学生主導による反政府抗議デモを弾圧した際に、抗議者らに対して致命的な武器を使うことを許可したとして、人道に対する罪で有罪とした。 昨年7月から数週間にわたる反政府抗議運動では最大1400人が死亡。バングラデシュにおける暴力事案としては、1971年の独立戦争以来、最悪の規模となった。 ハシナ氏は抗議デモの末に失脚し、インドに逃れた。今回の裁判は欠席裁判だった。 検察側は、抗議活動が続く間に数百人の殺害を指示したとハシナ氏を追及し、死刑を求刑していた。一方、ハシナ氏はすべての容疑を否認し、この裁判は「偏っており、政治的動機に基づいている」と主張した。 数カ月にわたり続いたこの裁判では、広く有罪判決が予想されていた。 この判決はバングラデシュにとって重大な転換点となるもので、ハシナ政権下で長年続いた抑圧への怒りに根ざした抗議活動を正当化する意味がある。 また、この判決はインドとバングラデシュに外交上の課題を突きつけている。ハシナ氏の失脚後に成立したバングラデシュ暫定政府は、インド政府に同氏の引き渡しを正式に要請しているものの、これまでのところインド側は応じる姿勢を示していない。このため、ハシナ氏の死刑が実際に執行される可能性は低いとみられている。 ハシナ氏は15年間にわたりバングラデシュを統治し、経済発展を主導したが、政治的動機による逮捕、失踪、超法規的殺害を通じて、野党を沈黙させようとする動きを強めていた。 同国ではハシナ氏が国外に逃れた後、ノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏が暫定政府の指導者に就任した。 ハシナ氏は17日に声明を発表。死刑判決について、暫定政府が「(ハシナ氏が率いていた)アワミ連盟を政治勢力として無効化するための手段」だと述べた。また、自身の政権の人権に関する実績を誇りに思うと語った。 「私は、証拠が公平に検討される適正な法廷で告発者と対決することを恐れていない」 暫定政府は、この判決を「歴史的」で「重大」だと評価した。その一方、判決について感情が高まる可能性があるとして、国民に冷静な対応を求めた。 判決に際しゴラム・モルトゥザ・モズムデル判事は、ハシナ氏が蜂起の最中に扇動、殺害命令、残虐行為を防がなかったことを含む、3件の罪で有罪となったと説明。「我々は、ハシナ氏に科す刑罰を一つだけ決定した。それは死刑だ」と、モズムデル判事は述べた。 反政府抗議は、独立戦争(1971年)で戦った退役軍人の子孫に公務員職の3割を割り当てるという制度に多くの学生が反対したことから、昨年7月に始まった。しかし間もなく、ハシナ政権の打倒を掲げる大規模な運動へと発展した。 国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は今年2月に発表した人権報告書の中で、約1400人の死が、「人道に対する罪」によるものだった可能性があると指摘した。 報告書には、一部の抗議者が至近距離で銃撃されたり、意図的に障害者にされたりしたことや、恣意的な逮捕や拷問が記録されている。 OHCHRは今回の判決について、「被害者にとって重要な瞬間だ」としながらも、「死刑判決は遺憾で、我々はあらゆる状況で死刑に反対する」と述べた。 BBCの調査報道部門「BBCアイ」は、今年7月にバングラデシュでの抗議運動に関するドキュメンタリーを放映。その中で検証されたハシナ氏の電話の音声記録では、ハシナ氏が抗議者に対して「致命的な武器を使用」するよう治安部隊に命じたことが示されていた。この音声は裁判中に法廷で再生された。 ■首都ダッカでは判決を前に複数の爆発 審理が行われた首都ダッカでは、判決を前に警備が強化された。ハシナ氏に抗議する人々が集会を開き、判決が読み上げられると歓声を上げた。 ダッカでは判決前の数日間、数十発の爆弾が爆発し、バスが放火されるなど、騒乱が急増していた。 ダッカでは17日朝、少なくとも1件の爆弾爆発が報告されたが、死傷者は確認されていないと、地元警察のジサヌル・ハク氏はBBCに話した。 抗議活動で死亡した人々の遺族は以前、BBCに対し、ハシナ氏に厳しい処罰を望んでいると話していた。 ラムジャン・アリさんの兄弟は、2024年7月に銃撃で亡くなった。アリさんは、ハシナ氏をはじめ「報復行為を行い権力を乱用した」者たちへの「見せしめとなる処罰」を望むと語った。 2024年8月にダッカ近郊で夫を殺されたラッキー・アクテルさんは、ハシナ氏の刑が「選挙前に執行されることを望む」と言い、「その時に初めて、抗議活動で殺された人々の家族は心に平穏を見いだすだろう」と話した。 バングラデシュでは来年2月に総選挙が予定されており、ハシナ氏と対立するバングラデシュ民族主義党(BNP)が優位とみられている。ハシナ氏が率いていたアワミ連盟は、選挙を含むすべての政治活動を禁止されている。 ハシナ氏は先月、アワミ連盟が候補者を立てることを禁じられれば、数百万人が投票をボイコットするだろうと警告した。 ハシナ氏の国選弁護人モハマド・アミル・ホサイン氏は、「とても悲しい。判決が違っていればよかった」、「依頼人が不在のため、控訴すらできない。それが悲しい理由だ」と述べた。 ハシナ氏の弁護団は先週、ICTでは公正な裁判と適正手続きに重大な問題があるとして、国連に緊急の申し立てを行ったと発表。ハシナ氏は、暫定政府に「ハーグの国際刑事裁判所(ICC)に起訴するよう繰り返し求めている」としている。 騒乱をめぐってはハシナ氏のほかに、アサドゥザマン・カーン・カマル元内相やチョウドリー・アブドゥラ・アル・マムン元警察総監も起訴された。 今回の判決は、抗議活動で死亡した人々の遺族に一定の区切りを与えるものだが、国内の政治的分断を和らげる効果はほとんどないとみられている。 「シェイク・ハシナ氏とアワミ連盟への怒りは収まっていない」と、ダッカを拠点とする人権活動家シリン・ハク氏はBBCに話した。「彼女も党も、数百人の殺害について謝罪も後悔も示していない」。 「それがこの国の大多数の人々が、アワミ連盟を受け入れがたいと思っている理由だ」 死刑制度に反対するハク氏はまた、この判決は死傷者の家族にとって区切りではないと付け加えた。 「私たちは、弾圧によって手足を失った人々と活動している。彼らは今や障害者だ。彼らがハシナ氏を許すことは決してない」 ジャーナリストで長年バングラデシュを取材してきたデイヴィッド・バーグマン氏は、「有罪判決の性質そのもの」から、アワミ連盟が通常のバングラデシュ政治の一部に戻るのは「いっそう難しくなるかもしれない」と述べた。 一方で、「何らかの謝罪と、シェイク・ハシナ氏や旧指導部から距離を置く動きがあれば」状況は変わるかもしれないともバーグマン記者は指摘した。 (英語記事 Bangladesh's ousted leader Sheikh Hasina sentenced to death)