“恐ろしい伝染病”という誤解から閉ざされた法廷で死刑判決…執行後の“裁判のやり直し”は実現するのか 「菊池事件」弁護士の訴え

■全国初…死刑執行後の「再審」なるか ハンセン病とされた男性が殺人の罪に問われ、隔離された「特別法廷」で死刑判決が下され、そして執行された、いわゆる「菊池事件」について、熊本地裁は今月28日、再審=裁判をやり直すかどうかの判断を示します。 主な争点は、 1:そもそも男性が犯人か 2:そもそも裁判が憲法違反だったので、それを理由に再審を認めるか という2点です。 死刑が執行された人について再審が認められれば全国で初めてとなるため、裁判所の判断に大きな注目が集まっています。 ■菊池事件とは ​1952年、役場職員を殺害したとして一人の男性が逮捕されました。 当時、ハンセン病患者に対する国の強制隔離政策が進む中、自分のことを患者だと告発した職員を恨んだ男性の犯行とされました。 その後の裁判は、隔離された療養所内の「特別法廷」で行われました。 男性は無実を訴えましたが、熊本地裁は死刑判決を言い渡し、最高裁で刑が確定。1962年、3回目の再審請求が棄却された翌日に刑が執行されました。 死刑から64年、熊本地裁は、遺族が求める再審(裁判のやり直し)の可否を1月28日に示します。 ■“恐ろしい伝染病”という「過ち」 当時開かれた「特別法廷」は、ハンセン病が恐ろしい伝染病であるという誤った知識と認識のもと、隔離して開かれました。 裁判官や検察官、弁護人までもが白い予防衣、身を守る衣服をまとい、事実上、非公開で行われました。 男性は無実を訴えていましたが、当時の国選弁護人は検察側の主張に対して争うことはありませんでした。 12月17日、この事件の再審を訴え続けてきた徳田靖之弁護士は次のように述べました。 徳田靖之弁護士「これは日本の法曹界が犯した歴史的な過ちだと、私自身痛感しました」 ■認められた「憲法違反」 弁護側は「菊池事件はハンセン病の隔離政策による偏見や差別が生み出した冤罪(えんざい)事件であり、無実の人に死刑を執行した」と訴えています。

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