第98回アカデミー賞授賞式が現地時間15日、ロサンゼルスのドルビー・シアターで行われ、ポール・トーマス・アンダーソン監督の「ワン・バトル・アフター・アナザー」が作品賞と監督賞など6部門で受賞したほか、ライアン・クーグラー監督の「罪人たち」が主演男優賞や脚本賞など4部門を得た。司会者や登壇者たちからは時折、現在の政治情勢や国際情勢を念頭においた発言やジョークが出たが、大きな混乱はなかった。「ワン・バトル・アフター・アナザー」と「罪人」たちは共に米ワーナー・ブラザースの配給のため、同社にとって成果の大きい夜となった。 「ワン・バトル・アフター・アナザー」は、米作家トマス・ピンチョンの小説「ヴァインランド」を原作に、強権的なアメリカ政権と戦う元革命家が行方不明になった娘を助けようとするスリラー作品。アンダーソン監督は今回を含めて計14回、アカデミー賞候補になっていたが、この作品でついに脚色賞と監督賞と作品賞を受賞した。 監督賞に選ばれた際にアンダーソン監督は、ステージ上で手にしたオスカー像をしげしげと見つめながら、「これを手に入れるため、本当にがんばらされた」と実感をこめて話した。 「ワン・バトル・アフター・アナザー」は作品賞、監督賞、脚色賞に加え、助演男優賞、編集賞、キャスティング賞を得た。助演男優賞に選ばれたショーン・ペンさんは式典を欠席した。 キャスティング賞は、今回初めてアカデミー賞に加えられた。アカデミー賞に新しい部門が追加されるのは24年ぶり。初の受賞者となったカサンドラ・クルクンディスさんは、これまで同賞に選ばれる機会を与えられなかった先人のキャスティング・ディレクターたちに感謝した。 ライアン・クーグラー監督の「罪人たち」で双子の兄弟2役を演じ分け、主演男優賞を得たマイケル・B・ジョーダンさんも、感極まった様子のスピーチで「先人たち」に感謝した。同作品は、1930年代の米南部ミシシッピー州を舞台にアメリカにおける黒人の歴史と人種差別、音楽の力などを描いたホラー映画で、先祖とのつながりを大きく取り上げている。 ジョーダンさんは、過去にアカデミー賞を獲得してきた黒人俳優たちの名前を挙げてたたえたうえで、「偉大な先人たち」のおかげで自分はここにいると演説。家族をはじめ、「みんな僕に成功してほしいと思ってくれているので、自分はこれからも頑張り続けて、自分がなれる最高の自分になり続ける」と述べた。 「罪人たち」からは、撮影監督を務めたオータム・デュラルド・アーカポーさんが、女性として初めて撮影賞を受賞した。アーカポーさんは、「この部屋にいる女性全員に、本当に立ち上がってもらいたい。みんながいなかったら、私はここに来られなかったと思う」と言い、客席から立ち上がった女性たちと拍手でお互いをたたえあった。 「罪人たち」は、ブルースなどの音楽が物語の重要な要素となっている。同作品で作曲賞を受賞したスウェーデン出身のルドウィグ・ゴランソンさんは、自分の父親はアメリカのブルースに多大な影響を受けた人で、その父親から7歳くらいの時にギターを渡されたのが自分の音楽の出発点だったと紹介。「そのおかげで、私たちの時代のもっとも偉大なストーリーテラーの一人、ライアン・クーグラーにたどりつくことができた。ライアン、あなたのそのビジョンにありがとうと言いたい。世界全体に共鳴した映画を作ってくれてありがとう」と感謝した。 そのクーグラー監督は、今作品で脚本賞を受賞。興奮した様子で映画の関係者全員に感謝したほか、妻と子供たちと自分の両親に感謝し、共有する記憶の大切さを強調した。 主演女優賞は、映画「ハムネット」からジェシー・バックリーさんが受賞した。この映画は、ウィリアム・シェイクスピアが戯曲「ハムレット」を書くきっかけとなった家族の悲劇を描いた英作家マギー・オファーレルの小説が原作。バックリーさんはシェイクスピアの妻アグネスとして、子どもを失った母親の悲嘆を演じた。 アイルランド出身の俳優が主演女優賞を獲得するのは初めて。バックリーさんは涙ぐみながら家族に感謝したほか、ほかにノミネートされた女性たちをたたえた。 バックリーさんは夫フレディー・ソレンセンさんにも、感謝と愛情を伝え、「あなたと一緒にあと2万人、赤ちゃんを作りたい。本当に」と言い、会場を笑わせた。 この映画の撮影を終えてから妊娠したと公表しているバックリーさんは、「生後8カ月の小さい娘アイラは、何が起きているかまったく分かっていないし、たぶんミルクの夢を見ている」と話した上で、「愛しているし、あなたのママでいるのが大好きだし、あなたと一緒に人生を発見するのが待ちきれない」と語った。 バックリーさんはさらに、「今日はイギリスで母の日なので、この受賞を、母親の心という美しいカオスにささげたいと思います」と強調した。 ■今は恐ろしい時 外国語映画賞は、ノルウェーのヨアキム・トリアー監督が「ひどく機能不全な家族」を描いた「センチメンタル・バリュー」が受賞。トリアー監督は、アメリカの作家で公民権活動家ジェイムズ・ボールドウィンの言葉を引用し、「すべての大人はすべての子供に責任がある。このことを真剣に考慮しない政治家には投票するのをやめよう」と述べた。 プレゼンターのスペイン人俳優ハビエル・バルデムさんはスペイン語で「戦争反対」と書かれたピンを襟元につけて、「戦争反対」、「パレスチナを解放しろ」と発言した。 この日の授賞式では、目立った政治的な発言は比較的少なかったものの、ドキュメンタリー部門のプレゼンターを務めた司会者でコメディアンのジミー・キメルさんは、ドナルド・トランプ米政権を間接的に批判。「こういうイベントでは勇気についていろいろ言われるけれども、それを語ったら殺されるかもしれない話を語るのが、本当の勇気だ。ご承知のとおり、一部の国の指導者は表現の自由を支持していない。僕にはどの国か言う自由がない。北朝鮮とCBSとだけ言っておきましょう」と述べた。 アカデミー賞の司会もたびたび務めてきたキメルさんは、かねてトランプ氏と対立。米連邦通信委員会(FCC)は、キメルさんの人気トーク番組の内容を問題視し、番組は一時的に放送停止になった。キメル氏はこのほか、トランプ政権に批判的なスティーヴン・コルベア氏のトーク番組をCBSが終了すると決めたことも、公然と批判している。 長編ドキュメンタリー部門は、「名もなき反逆者 ロシア 愛国教育の現場で」が受賞した。ロシア南部ウラル地方カラバシュの学校で教師だったパヴェル・タランキン監督は、ロシアが2022年2月にウクライナ全面侵攻を開始すると、プーチン政権による「愛国教育」の様子を撮影し、その映像を持って2024年にロシアを脱出。デイヴィッド・ボレンスタイン監督と共に、この映画を完成させた。 タランキン監督は通訳を介した受賞スピーチで、「私たちの未来の名のもと、全ての子供たちの名のもと、すべての戦争をただちにやめろ」と強調した。 ボレンスタイン監督は、この映画が「自分の国をどうやって失うか」描くものだとスピーチ。「(タランキン監督が撮影した)映像から、無数の小さいささやかな加担の行為から、(国を)失っていくのだと分かった」と述べ、「私たちが加担すると、国の主要都市の道路で政府が人を殺すと、私たちが何も言わないと、オリガルヒ(新興財閥)がメディアを乗っ取り、我々が何を作るかコントロールするようになると、自分の国を失う」のだとも強調した。 この日の司会のコナン・オブライエン氏も授賞式の冒頭で、「一瞬だけまじめにならせてもらうと、世界中で見ている全員が、今はとても混乱して恐ろしい時だと、いやというほど知っている」と述べた。 さらに、イギリス人の俳優がアカデミー賞候補になっていないのは2012年以来だとしたうえで、少なくともイギリスでは著名人でも犯罪容疑で逮捕されるのだと「イギリスの報道担当が言った」と冗談として述べた。 ■追憶の熱唱 過去1年で亡くなった映画関係者を追悼するコーナーでは、昨年12月に自宅で殺害されたロブ・ライナー監督と妻ミシェルさんを、若いころからライナー監督と友人だった俳優ビリー・クリスタルさんが中心になってしのんだ。 ライナー監督の人気作「恋人たちの予感」で主演したクリスタルさんは、ライナー夫妻の「喪失ははかりしれない」と語った。 昨年9月に亡くなった俳優で監督のロバート・レッドフォードさんの追悼には、複数の作品で共演した歌手で俳優のバーブラ・ストライサンドさんが登壇した。 「彼は思いやり深く勇敢で、私は彼のことを、自分の道を切り開く知的なカウボーイと呼んでいた」とストライサンドさんは言い、「彼は報道の自由を守るために、環境を守るために発言し、新しい声を応援していた」とたたえた。 2人が共演したシドニー・ポラック監督の1973年映画「追憶」については、「この国の歴史における、暗い時代の物語でもあった。1940年代後半と50年代初めに、人々がお互いを密告し合って、忠誠を誓わされていた」とも、ストライサンドさんは述べた。 オーケストラが「追憶」の有名なテーマ曲(1974年にアカデミー賞歌曲賞を受賞)を演奏し始めると、ストライサンドさんはマイクを手に、「私たちの当時を思い出す時、思い出すのはいつでも、2人で笑った時のこと」というサビの部分を熱唱した。 (英語記事 One Battle After Another wins six Oscars, including best picture)