「池袋暴走事故」当時87歳だった加害者のドライブレコーダーから、事故の状況を追っていく。なぜ被害者にまで誹謗中傷が及んだのか?【書評】

高齢者が引き起こした最悪の交通事故である「池袋暴走事故」。2019年4月19日、飯塚幸三氏(当時87歳)が運転する自動車が暴走し、松永真菜さん(同31歳)と娘の莉子ちゃん(同3歳)を含む12人が死傷した。当時、加害者の飯塚氏がすぐには逮捕されず、過去に旧通商産業省の工業技術院で院長を務めていた「上級国民」だから優遇されているなどとSNS等でバッシングされたことでも記憶に残る。 あれから7年。なぜあのような痛ましい事故が起きてしまったのか。あの悲劇から学ぶべきことは何か――新刊『池袋高齢者暴走事故 遺族と加害者家族の2060日』(守田哲/文藝春秋)は、あらためてそんな問いを私たちの社会に投げかける。著者の守田哲氏は加害者側、被害者側の双方に根気よく取材を続けてきたTBS記者。加害者の飯塚幸三氏を直撃取材し、後に飯塚氏の長男にも取材。被害者遺族の松永拓也さんとは家族ぐるみの付き合いを続けている人物だ。本書はどのメディアも報じていない独自の記録を綴った一冊であり、守田氏が取材で入手した事件の捜査資料、飯塚氏の車のドライブレコーダーの映像、飯塚氏の日記、松永真菜さんの育児日記に加え、100人ほどに及ぶ事故関係者への取材を通じて事件の全貌を明らかにしていく。 ■社会問題化した高齢者ドライバー問題 冒頭のプロローグから心が震える。車載ドラレコの映像などをもとに、加害者である飯塚氏の「事故当時の目線」で取り返しのつかない一瞬に至るまでが可視化され、続く本編では被害者である松永さん一家の目線、取材班の見た現場レポで、事故がもたらした惨劇をリアルに再現していく。極めてセンシティブな描写が続くが、その筆を支えるのは「こんな悲劇を絶対に繰り返してはいけない」という強い信念。さらにここまでの情報公開を可能にしたのも、被害者・加害者双方の家族、関係者の皆の中にそうした強い思いがあるからだ。 本書には裁判の記録、飯塚氏の収監後の様子、遺族のその後、社会問題化した高齢者ドライバー問題などさまざまな「事故後」の現実が刻まれている。当然だが事故が当事者に残すのは深い絶望だけだ。「車の故障」を訴え、アクセルの踏み間違いによる事故を認めない飯塚氏にヒートアップしたバッシングは彼の家族へも及び、妻子を奪われた悲しみをメディアで訴えた松永拓也さんもひどい誹謗中傷にあう。どうしてそうした「悪意」が当事者に向かうのか、この事故を超え我々社会が考えるべき視点は数多い。 禁錮5年の実刑判決を受けた飯塚氏は、収監中の2024年10月に老衰のため93歳で死去。実は松永拓也さんと飯塚氏は獄中で対面していたことが明かされるが、赦しはしなくとも、それでも「人間」を信じようとする松永さんの姿勢に感銘を受ける。現在、事故を無駄にしないため、交通事故のない社会を実現するため、「事故の現実を知ってほしい」と講演などの活動を続けている松永さん。「真菜だったらこんなときどうするか」と自らに問いながら、次第に明るさを取り戻しつつあるのが救いだ。 文=荒井理恵

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