「初めて怖いと感じた」保護司殺害、1年で60人超の保護司が辞任 京都と滋賀

大津市の保護司新庄博志さん=当時(60)=が、担当していた保護観察対象者との面接中に自宅で殺害された事件は5月26日、発覚から1年となった。事件を受けて「安全対策」は進むが、罪を犯した人の立ち直りを支援する現役の保護司たちは「信頼関係」との間で今も揺れる。担い手不足も浮かび上がり、国は制度の見直しを急ぐが抜本的な解決となるかは不透明だ。 「これまで保護司をしてきた日々とは全く違う1年だった」。滋賀県内の女性保護司は振り返る。事件後、保護観察中の対象者から怒鳴られたことがあった。「初めて怖いと感じた。事件のことが頭をよぎらなかったと言えばうそになる」と明かす。 保護司を長く続け、どの対象者にも誠実に向き合ってきたつもりだ。保護観察期間を終える時には、「まるで親のようにうれしい」とやりがいを語る。 それだけに、対象者とのすれ違いはショックだった。守秘義務から家族には話せない。保護観察所に報告するのに「1人で対処できないのか、と思われないか」とためらった。忙しい専門職の保護観察官に気軽に相談しづらい雰囲気がある。支援の大部分が保護司に任せきりのように感じたという。 法務省の有識者検討会は昨年10月、面接時の安全対策を提言した。滋賀県では事件後、自宅以外の面接場所として公民館などの貸し出しが8市町から全19市町に拡大。新たな対象者を受け持つ保護司に対し、担当を単独か複数か選択できるよう変更した。保護観察官が面接にオンラインで同席する準備も進める。 女性保護司は葛藤を抱える。今回のトラブルでは対象者に自宅を知られており、現状の安全対策に強く不安を感じた。ただ、これまでの経験から「対象者と本音で語れる環境でなければ、関係性が築けない」とも思う。 事件は、かねて深刻だった高齢化が進む保護司のなり手不足に拍車をかける。全国保護司連盟によると、今年1月時点の全国の保護司は4万6043人。昨年比で541人減り、定員に対して約6500人不足する。60歳以上が8割近くを占め、今後大量の退任が予想される。この約1年間で、滋賀県で21人、京都府で45人が定年退任以外の理由で辞任した。死亡や体調不良のほか、「家族が反対している」「体制に不安がある」などの理由もあったという。 京都市内で長年保護司を務める70代男性は「保護司の正義感と使命感で成り立ってきたような制度。このままでは保護司をやる人がいなくなる」と危機感を募らせる。 人材確保に向け、国は保護司の人脈頼りだった候補者探しを見直し、公募制を試行する。原則66歳以下だった新任の年齢制限を撤廃し、現在2年とする任期の拡大などを挙げ、保護司法改正を目指す。 元法務省保護局長で中央大の今福章二客員教授(刑事政策)は「地域の事情に詳しく、対象者の状況に応じて柔軟に寄り添う保護司は更生には不可欠な存在だ」と指摘し、「対象者を一概に危険視せず、適切なアセスメント(評価・分析)を行えるかが重要となる。国は保護観察官の増員を打ち出しており、保護司との連携強化が期待される」と話す。なり手不足解消には、「現役世代への広報に注力し、勤務先などでも保護司の活動を後押しするような仕組みが必要。社会全体で制度に理解を深めるべきだ」と強調する。 命日に自宅前に献花 かつて支援を受けた男性は 「あの人がいなければ、今の僕はいなかった。父親のような人でした」。亡くなった保護司の新庄博志さんから保護観察中に支援を受けた谷山真心人(まこと)さん(27)は命日となる24日、殺害現場となった大津市の新庄さんの自宅を訪れ、玄関前に花を供えた。「なぜこんなことが起きたのか、真実を知りたい」と涙を流した。 谷山さんが新庄さんと出会ったのは18歳のころ。家庭内での寂しさから非行に走り、保護観察処分を受けた。担当となった新庄さんに当初は心を開かなかったという。しかし、事件を繰り返しても少年院や刑務所を訪ねてきて向き合おうとする姿に、「ここまでしてくれる人を裏切れない」と徐々に打ち解けた。 昨年2月に保護観察期間を終えた後も近況を電話したり、一緒に食事をしたりと信頼を寄せていた。事件を知った直後は受け止められなかったと話す。今でも時折、もらったメールや手紙を読み返している。 小雨の降る中、1年ぶりに新庄さん宅を訪れた谷山さんは「社会の中で苦労もあるけど、頑張っていますと伝えたい。僕が前に進んでいくのを見ていてほしい」と静かに手を合わせた。 ≪保護司≫ 刑務所や少年院を出て保護観察中の人の更生を支える非常勤の国家公務員。報酬はなく、実質的にはボランティアとされる。法務省職員である保護観察官とともに、対象者の社会復帰に向けた調整役を担う。大津市の保護司殺害事件を受け、法務省が全国の保護司約4万4千人に聴取した結果、2割に上る約9700人が「活動に不安を感じる」と回答した。 公判開始の見通し立たず 大津市の保護司殺害事件で、無職飯塚紘平被告(36)が殺人などの罪で起訴されてから半年たつが、公判開始の見通しは立っていない。 事件は2024年5月26日、大津市の保護司新庄博志さん=当時(60)=が自宅で倒れているのを親族が見つけて発覚。滋賀県警は同28日、飯塚被告を銃刀法違反の疑いで現行犯逮捕し、同6月8日に殺人容疑で再逮捕した。大津地検は約5カ月間の鑑定留置を実施した後、同11月に殺人などの罪で起訴した。 起訴状では、24年5月24日、新庄さんの自宅で面接中、新庄さんの胸や首をナイフやおので複数回突き刺したり、切り付けたりして殺害するなどしたとしている。地検は被告の認否を明らかにしていない。 公判は裁判員裁判で審理される。その場合、裁判官と検察側、弁護側が争点などを絞り込む「公判前整理手続き」を行うことが義務付けられている。 日本弁護士連合会の弁護士白書によると、09〜22年の同手続きにかかった期間は平均7・7カ月だが、今回の事件では起訴から既に半年が過ぎているにもかかわらず、手続きは始まっていない。初公判を迎えるまでには、さらなる長期化が見込まれる。

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